口腔と全身
Part 2
特集 口呼吸を考える
なぜ今「口呼吸」なのか
恒志会常務理事 沖 淳
人は生きていくために最低限必要なのが「酸素」と「栄養」です。
言い換えれば生命活動には「呼吸」と「食物」が不可欠なことといえます。
今、健康ブームと言われテレビ、新聞にも身近なこともあり「食」のことは多く取りあげられ主婦の会話でも話題になることも多いようです。「呼吸」のことはどうでしょうか。
酸素が供給されないと数分で脳死状態、5分以上呼吸をしなければ命がなくなります。 呼吸の重要性は認識していても呼吸は鼻でするものと誰もが当たり前に考え、口で呼吸をする「口呼吸」の 弊害が増えていることには無関心です。 当たり前のことが当たり前でなくなったとき身体にいろいろな変化が起こってきます。
ヒトは進化の過程で言葉を獲得したと同時に口でも呼吸ができるようになりました。しかし緊急避難的に口で呼吸をすることはわかっていても、無意識の内に慢性的に口呼吸を続けていくと引き起こされる弊害や、病気につながることは意外と知られていません。
ほとんどの場合、自分で口呼吸を自覚している人はいないのが現状だからです。また鼻で呼吸をするのも口で呼吸するのも同じだと考えているのかもしれません。
本来呼吸は鼻を使う「鼻呼吸」のはずです。なぜ口呼吸は存在するのか。進化の過程で何が起こったのか。 口呼吸はなぜ習慣化してしまうのか。他の疾患とどのような関連があるのか。口呼吸を鼻呼吸に治すことができるのか。そんな疑問を医科、歯科の4人の専門家をお招きして講演をしていただきフォーラムを学びの場、考える場としたいと思います。
口呼吸を口腔、歯列だけの問題としてとらえるだけではなく全身への影響についての観点から見ていきます。習慣的に口で呼吸し続けていくと本来あるべき健全な成長・発育が阻害され呼吸器系はもちろんのこと循環器系、免疫系など身体にさまざまな問題が起こってきます。
口呼吸は生命活動に欠くことができない「睡眠」の質にも大きく関与しています。いびき、睡眠時無呼吸症などです。
前歯の虫歯、歯並びの乱れ、顔のゆがみ、唇の形の変化、姿勢のゆがみなどとも関連します。 口からの細菌の侵入を容易にし、扁桃や鼻咽腔への感染、さらに他の臓器への病巣感染などを引き起こす可能性もあります。口呼吸は万病の元と主張している人たちもいます。
口呼吸は成長・発育や疾患に大きく関わっているためライフステージの早い時期から予防できれば、将来おこりえる幣害を未然に防ぎ生涯にわたる健康を獲得できる可能性が大きいはずです。
生涯健康に過ごすことは万人の願いです。医療者は 医師、歯科医師の区別はなく一人一人の健康を守り、 治していくという使命がありますがもっと大切なことは疾患が起こる前に予防することです。そのため口呼吸への取り組みは歯科と医科、さらに細分化された臓器別医療の垣根も取り除かなければなりません。
現在の医療は臓器別に分けられそれぞれ細分化され発展し続けたおかげで以前は見つけることができなかった病気を発見し早期に治療することも可能になりました。
しかし欠点も見受けられます。身体全体を診ない発症器官・部位だけを診る医療です。
一見問題のないような行為・行動、悪習慣が全身の障害や病気の原因になったり誘因となったりすることは周知の事実です。しかしながらすぐにいのちを奪ったり大きな障害もたらさないものは後回しにされたり、無視されがちです。訴えがなければ何もしないという医療が広がれば「医療とは何か」が問われることになります。
「口呼吸」も歯科、医科が連携して取り組むべき重要な問題です。恒志会は「歯科医学から口腔医学へ」を目標の一つに掲げ活動してまいりました。
将来は口腔医として「口呼吸」が全身の健康を見据えた必須の学問として取り上げられることを願ってや みません。
口呼吸:口呼吸をほっておくと顔の変形を起こします
長野県上田市 矯正歯科開業 水野 均
はじめに
口呼吸とは、鼻気道内の何らかの問題による呼吸機能、発音機能、嚥下機能などの重要な機能に障害を生じさせる鼻気道障害の一つである。近年鼻アレルギーの増加に伴い、鼻気道障害を持つ患者が増加傾向にあると思われる。特に社会現象とまでなりつつある睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome : S.A.S.) は、 我々に呼吸と睡眠の重要性について再認識させた。耳鼻咽喉科にも影響を与えている。
口呼吸について
呼吸は、本来の鼻呼吸 nasal breathing が生理的であると考えられている。口呼吸 mouth breathing は鼻咽腔疾患である慢性副鼻腔炎、肥厚性鼻炎、鼻中隔彎曲症、鼻アレルギー、鼻茸などやアデノイド、口蓋扁桃肥大などによる鼻閉が起こった場合に必然的に起こる。また、鼻呼吸と口呼吸の両者を交互に使う呼吸を oronasal breathing と言い、外見上常に口を開いている場合が多く、口呼吸を行っているかのように思われるが、口を開いて鼻呼吸をしている場合もある。 単に癖の場合もあるし、鼻閉の自覚症状のない潜 在性の鼻閉の場合もある。特に成長期の場合は可能な限り早期に障害の部位と程度を調べ、適切な治療をする必要がある。
習慣性に口を開けている小児(いわゆるアデノイド顔貌)の自然呼吸における鼻呼吸と口呼吸を調べみると24%は耳鼻咽喉科学的に正常所見であり、鼻呼吸障害を生じるような耳鼻咽喉科学的所見に異常を認めたものは76%であったと言い、耳 鼻咽喉科学的な鼻呼吸と口呼吸との関係を再検討する必要があることを示した。さらに慢性的な鼻呼吸障害は鼻呼吸ばかりではなく口呼吸を含めた呼吸機能の障害が存在していると理解され、軟口蓋の位置、舌根部の状態、さらには下気道も生理 的な鼻呼吸には影響しているのではないかと言われている。
新生児、乳児の呼吸
幼弱乳児期では口呼吸が確立しておらず、鼻閉のために喚起障害、哺乳障害をおこし、強度の鼻閉では重篤な呼吸困難をきたすこともあり、乳幼 児突然死症候群の一因に挙げられている。32Wの未熟児では鼻を閉鎖させると口呼吸をすることが困難で無呼吸を起こすと報告されている
口呼吸の原因
Emslie らは、耳鼻咽喉科医、歯科医、歯列矯正医、小児科医などによる報告を検討し、口呼吸の原因を大きく3つに分けた。
- 解剖学的因:臨床的な観点から、細面の小児の鼻咽頭腔は狭く長いため、丸顔に比べて閉鎖されやすい。また高位口蓋では口蓋弓隆が上方に鋭角をなして鼻底を高く押し上げることにより、鼻腔の狭小化や不正咬合、あるいは上顎前突による口唇閉鎖困難などによる。
- 二次的鼻咽頭閉鎖:鼻咽頭腔を閉鎖させるような、鼻甲介肥大、鼻中隔彎曲、慢性副鼻腔炎、咽頭扁桃肥大などによる。
- 習慣性:鼻閉の原因が取り除かれ後の習慣による(習癖)。
口呼吸の有害性
1. 口腔内に及ぼす影響 多くの症状は口呼吸による口腔の乾燥に起因していることが多いが、これらの症状と口呼吸との関係は臨床的観察に基づいて述べられている場合が多い。- )歯肉炎:口呼吸をする人で口腔清掃に問題がある場合は 歯肉粘膜は乾燥と湿潤を繰り返し、影響を強く受ける部分に炎症がみられ発赤、腫脹する。
- )歯周疾患:口呼吸は、歯周疾患を増悪させる修飾因子の1 つと考えられている。
- )口呼吸線、歯肉堤状隆起:唇側歯肉で常に空気に触れている部位に、浮腫部と正常な組織との境目に口呼吸線と言われる線と 口蓋側歯肉に堤状隆起が出現する場合がある。
- )舌苔:舌は口腔内の乾燥の影響を早期に受ける。慢性口呼吸者はしばしば口臭を訴えるが、これは舌苔と関係があると言われている。
- )虫歯:口唇と唾液による自浄作用の減少により齲蝕になりやすくなると言われている。
2. 気道に及ぼす有害性- )鼻腔の湿度・温度調節機能の消失:高度の鼻閉のために口呼吸を余儀なくされた場合、鼻のエアーコンディション機能が失われるとともに、気道抵抗が減じる。そのために口唇間や歯列間隙をわずかにあけ、舌を口蓋に近接させて、正常な鼻抵抗に近づけようとする。しかし、吸気による水分の喪失のため口、咽頭、喉頭に至る部位が乾燥する。それを補うためにしきりに唾液を 嚥下して粘膜に湿潤を与えるが、これが持続すると唾液嚥下反復によるのどの痛みが増大する。
- )鼻分泌物静菌作用の消失:口呼吸では鼻分泌物の静菌作用が失われ、気道感染の可能性が増大する。
- )気道攣縮の誘発:口呼吸において、低温で乾燥した空気を過呼吸させると、気道狭窄が生じ、気道粘膜の乾燥は運動誘発性喘息のトリガーになるであろうと考えられている。
3. 顎顔面歯列形態に及ぼす影響
- )顎顔面の成長発育著者らの研究によると、鼻腔内の閉塞またはアデノイドによる口呼吸症例と口蓋扁桃肥大による口呼吸症例では、下顎骨の成長方向が逆転する事がわかった。前者は下顎骨が口を開ける方向(後方回転)に成長して、長顔化が進み、後者は前方への(反対咬合様)成長が進む。以前の研究では、これらのデータを一括して処理していたため に、前方への成長と後方への成長が互いに打ち消され、結果的に正常値と変わらない結論が出てきたものと思われる。慢性的な重度の閉塞を伴う場合には上顎骨に劣成長が生じることもわかった。
- )不正咬合著者らの研究によると、鼻腔内の閉塞またはアデノイドによる口呼吸では開咬を伴う出っ歯が多く、口蓋扁桃肥大では開咬を伴う反対咬合が多い。 これらは口呼吸をおこなう際の軟口蓋と舌及び姿 勢の微妙な関係の差により起こると思われる。
4. 情緒面ならびに発育に及ぼす影響
- )精神衛生ならびに情緒変動風邪の際に食物の味が変化する事はよく知られている。しかし、そ の際に味覚試験では異常は見つからない。味は舌のみにより感じるのではなく、匂いと相まって感じられるものである。匂いは嗅覚神経を刺激して大脳皮質、呼吸器系、消化器系へと伝達される。 鼻閉により匂いがなくなることは精神衛生面ならびに情緒面で受ける影響は大きいものと思われる。
- )身体発育障害:アデノイド及び口蓋扁桃肥大のために強度の鼻閉があり、口呼吸を余儀なくされている幼児が摘出手術を受けることにより、体格が改善される例を良く経験する。これらの事実から、不適切換気や食物摂取困難などによる幼児の成長発育に影響を与える因子の1つとして考えられる。
扁桃肥大がもたらす様々な影響は19世紀後半から臨床面で報告されてきた。Hill は扁桃肥大の小児が夜間のいびき、休息不足、起床時口腔乾燥、 頭痛に悩まされ、学業成績不振に陥っていること、 またその障害は摘出手術後に劇的に改善すると報告している。
1976年に Guilleminault らによって小児扁桃肥大8例の閉鎖性睡眠時無呼吸が報告され、ポリソノグラフィー(Polysomnography) を用いた研究が多くなされた。これらの研究で、扁桃肥大のもたらす睡眠時無呼吸障害が予想以上に多いことが明らかにされてきた。
また、呼吸障害が高度かつ長期間にわたると肺性心、胸部変形をきたし、乳幼児では突然死を誘発することがあることもわかってきた。
咽頭扁桃肥大(アデノイド)は、鼻呼吸が直接に制限され睡眠時呼吸障害が生じることはよく知られている。しかし口蓋扁桃肥大に関して、たとえIII度の口蓋扁桃肥大例であっても後方に狭いながらも後鼻孔からの気道が確保されているために睡眠時無呼吸障害を示さない場合があるという報告があるが、これら症例に風邪、アレルギー性鼻炎などによる鼻閉が加わると、口呼吸ですら困難となってしまう重篤な呼吸障害を起こす可能性があることから、このような症例には細心の注意が必要であると思われる。
鼻アレルギー
アレルギーを持つ患者の急増により、最終処置と考えていた外科的治療のみでは、鼻呼吸障害を克服できないと思われる。アレルギーの発作に対する治療は原因物質の除去に尽きると思われるが、特にハウスダストによる重度(年中)のアレルギー発作は住宅事情によるところが大で、簡単に克服することは難しいと思われる。アレルギーを扱う先生方も同様なジレンマに苛まれていると思われる。季節性のアレルギー発作を持つ症例の矯正治療で必要と思われることは、発作時期の把握と発作時期に咬合高径を変えてしまうような処置をしないように注意することであると思う。
最後に
鼻気道障害患者の研究と治療を30年来おこなってきたが、戦いは、まだまだ始まったばかりの感がある。早期(10歳ごろまで)に呼吸機能を回復したことにより、その後、良好な成長が起こり矯正治療の難易度が低下した患者もいれば、なかなか呼吸機能を回復できずにいる鼻アレルギー患者もいる。アデノイドや扁桃腺の手術に関して、過去において矯正医と耳鼻咽喉科医との意見の相違から、耳鼻咽喉科医に抗議をうけたこともあった。 近年は睡眠時無呼吸症の問題から、良好な関係ができ始めているような気がする。
冒頭にも述べたが、マスコミなどで多く取り扱われている鼻アレルギーと睡眠時無呼吸症候群は、呼吸と睡眠の重要性について再認識させた。 米国では3人に一人は睡眠障害を持つと言われており、呼吸と睡眠の問題は今後ますます重要視されて行くと思われる。それらの増加に伴い、医科および歯科の治療基準も変化するべきであると思 われる。
略歴
1979年3月 神奈川歯科大学卒業
1979年4月 東京歯科大学歯科矯正学教室入学
1984年4月 長野県上田市にて水野矯正歯科医 院開設
1984年6月 口蓋裂育成更正医療機関指定医資 格取得
1990年7月 日本矯正歯科学会認定医資格取得
1999年6月 顎変形症指定機関資格取得
2006年11月 日本矯正歯科学会専門医資格取得 現在に至る。
研究論文
1)吉野成史、水野 均:鼻気道障害患者の 顎顔面形態に関する研究 第一報 閉鎖タ イプ別にみた骨格的特徴について、バイオ プログレッシブ・スタディークラブ会誌8: 15-34、1994.
2)水野 均、吉野成史:鼻気道障害患者の 顎顔面形態に関する研究 第二報 鼻気道 障害患者の口蓋扁桃・アデノイド・下鼻甲 介手術のアンケート調査、バイオプログ レッシブ・スタディークラブ会誌8:35-43、 1994.
3)吉野成史、水野 均:鼻咽腔と口腔-Airwayと矯正治療について、バイオプログ レッシブ・スタディークラブ会誌1:1-22、 1987.
学会講演
1)第12回甲北信越矯正歯科学会学術大会特 別講演「口呼吸について」
2)2003年東京矯正歯科学会特別講演「開咬 について」
3)第23回中日本矯正歯科学会特別講演「鼻 気道障害と矯正治療について」
4)第18回日本顎変形症学会総会シンポジューム 「開咬患者の形態と機能回復...その治療目標」
5)第51回近畿東海矯正学会学術大会特別講演「開咬患者の形態と機能回復...その治療 目標」
主な所属学会・スタディーグループ
日本矯正歯科学会会員、東京矯正歯科学会会 員、Bioprogressive Study Club理事、 顎 関 節学会会員、口蓋裂学会会員、咀嚼学会会員
なぜ口呼吸になるのか?
生物学的な見地から「口呼吸」に 対する解決法を考える
横浜市保育歯科医 元開富士雄
はじめに
私たちの生命活動において「食」と「呼吸」ほど重要なものはない。しかしながら、「食」と「呼吸」 に対する関心の高さは比べようもないほど食に軍配が上がる。食のもつ興味の広まりとテーマの豊富さは呼吸とは比べようもない。それに対する呼吸は、その興味や対象が狭く趣味的な感じがするのは私だけだろうか。腹式呼吸や丹田呼吸、ヨガ呼吸などに宗教の香りを感じ、鼻呼吸獲得のための各種の装置や訓練法はレッスンやトレーニングといった意味合いを強く受ける。
こうしたことが、口呼吸の不自然さや口呼吸から生じる機能障害や形態に対する影響 、その結果生じる疾病をどのように訴えてもうまく伝わらなかったり、口呼吸に対する訓練が長続きせず効果が得られない理由かもしれない。こうして考えると私たちは、呼吸の重要性を感じながらも追いつめられるまで呼吸と向き合えないでいる。こうした呼吸に対する想いの裏には、私たちのどこかに「息はいつでも吸える」という安心感があるのかもしれない。
そこで今回、口呼吸に追いつめられた気持で、その解決法を探るために生物学的な見地からヒトにおける口呼吸の発生と解決法に少しでも近づければと考えている。
消化—吸収系からの脱却
初期の脊椎動物の呼吸系は、消化系の一部である前方部分を借りてエラ呼吸により機能してきた。
これが、進化が進み陸上に上がる頃になると呼吸の様相が急激に変化する。消化と呼吸の入口にあたる「鰓腸」にあった呼吸のためのエラ穴が次々と閉鎖され、その一部にフーセンのように膨らみができた。それが、肺となりそこでガス交換が営まれるようになる。それに伴い咽頭腔は鼻腔と通じ鼻腔は口腔との間に壁が形成され 口腔・鼻腔・咽頭と区別することで呼吸系と消化系は独立し咽頭のみが共有する場となった。
生命活動は、呼吸と食事によるエネルギー活性により維持されている。こうした生命の維持にとって重要な燃料となる食物を取り入れる消化系とそれを燃やすための空気を取り入れる呼吸系 が、脊椎動物の出発点では同じところから取り入れられていたことに非常に面白さを感じる。さらに、ヒトとなって呼吸系と消化系は取り入口は 違っても咽頭腔で交叉して気管と食道に再び分かれるために同時に機能することができない。そうしたところにも、食と呼吸は互いに生命の維持に重要であり同じ栄養過程にありながら、いつも競争しているように感じる。しかし、食は一時的に止めることができるが、呼吸は一瞬たりと止められない。ヒトはそのことを知りながら、それでも「呼吸」より「食」に興味を持つ。それは、ヒトの進化の歴史においていつの時代においても食の獲得が空気の獲得とは比較にならぬほど難しく生命維持の鍵を握っていたのかもしれない。とするなら、食が十分に確保された現代において呼吸の重要性や口呼吸の為害性を訴えるには最適の時代なのかもしれない。
循環系から呼吸をみる(横隔膜との連動)
「入れて出す(吸収—排泄)」という生物の基本的な営みにおいて、栄養・呼吸・排泄といった3つの機能は循環系により効果的に働くことができている。鼻腔を通して入った空気は、肺胞において循環系へと侵入する。また、口腔から消化器系へと入った食物は、消化分解され腸管から吸収されて循環系へと侵入する。こうして、循環系に入った栄養と酸素は全身を巡り新陳代謝を量りながら老廃物を再び体外へ排泄する。
こうした吸収と排泄は、心臓のポンプだけで循環させることが不可能なため横隔膜と骨格筋を補助的なポンプとして活用している。特にヒトにおいては、消化管から吸収した栄養を含んだ静脈を肝臓に通過させ、排泄においては腎臓を通過させる。このために肝臓と腎臓が大きな関所となり、これを通過させるための拍動装置が必要となった。つまり、内臓の循環を良くするために腹腔全体を動かす拍動装置として横隔膜による調和息という第二の心臓が形成された。
横隔膜の収縮により腹腔筋は連動し拍動装置として働くことで肝臓と腎臓から心臓へと血液を戻すポンプの役目をしている。横隔膜の筋肉は、舌と同じ前頸壁の直筋系に由来する。いってみればカエルの喉の膨らみの筋肉が胸腔を通り越して腹腔との境界にまで下降して形成されたといえる。その神経支配は、頸直筋や腕の筋肉と同じ頸神経の枝である(横隔神経)であることからも、どれほど下降したかが理解できる。
こうした横隔膜の由来から呼吸に関わる運動が、胸郭の収縮運動を基盤とした呼吸筋のみならず、腹部〜陰部の運動(腹腔のしめつけ、絞り込みといった拍動運動)に影響するだけでなく姿勢や腕や手指の運動、さらには舌運動や顔面の筋肉とも連動していることが理解できる。それは、呼吸にかかわる運動領域の広さを示すだけでなく、巷でいわれる呼吸のためのエクササイズがいずれも有効であることを感じさせる。 さらには、習慣性の口呼吸を自然呼吸とする者や呼吸筋が全体的に弱い者に呼吸疾患だけでなく内臓の機能的な問題が存在するのか興味がわく。
呼吸のもつ問題点
食の摂取に対して呼吸(空気)の確保の容易さは理解できた。それでは、呼吸は何も問題をもたないのだろうか? 残念ながら呼吸も完全に安泰というわけではなく、いつも呼吸に問題を抱えながら私たちは生きている。それは、呼吸系を構成する筋肉の運動に問題があると考えられる。
三木成夫は、クラーゲスの理論を発展させ「栄養ー生殖」という生物の営みのなかに動物が、植物的な特徴を持つ「植物性器官」と「感覚-運動」 という動物的な特徴を持つ「動物性器官」を混在させながら生命を営んでいると述べている。したがって、私たち人間の身体もこのふたつの器官である植物性の器官と動物性の器官に分けることができる。
呼吸運動は、生命維持のためには一瞬たりと止めることができずに昼も夜も休みなく心臓のように働き続けなければならない。それは、機能的に非常に強く継続的な運動であるといえる。それ故に、呼吸の筋は「植物性の筋」といえる。しかし、水中から陸上へと生活の場が転換するのに伴いそれまでのエラ呼吸は肺呼吸へと大きく転換されたことで、本来は植物性の筋であった肺の周囲の筋 は、気管支の末端に植物性の筋肉を残し、肺をしぼる筋肉は体壁を支持してきた骨格筋である動物性の筋へと転換された。
水中から陸上への生活の場の転換は、水中よりも空気を獲得しやすくなったにもかかわらず、呼吸筋の動物性の筋肉への転換により拍動性が求められる器官がそうでなくなったことで、呼吸の苦しみが新たにつくり出されたともいえる。 三木は、これについて「呼吸という植物的な運動を本来は個体運動に専念すべき体壁筋という動物筋にゆだねるという危険をおかして上陸してきたからだ」と述べている。そのために、本来は意志に関わりなく運動し続けなければならない呼吸は、時として意志や行動の影響を受けることで止められるといえる。驚いたり悲しんだり喜んだり怒ったり、物事に集中したり、細かい作業やスポーツをするときなど私たちは一時的に呼吸を止めている瞬間に出会う。そこには、呼吸と動作の不両立が存在する。「呼吸をすればスキだらけ、動作をすれば呼吸を忘れる」とはよくいったもので私たちは動作と動作の間でしか息ができないのかもしれない。
陸上生活をするようになったときから呼吸筋は骨格筋へと転換された。そして、私たちヒトの呼吸筋も骨格筋でありながら出産から死に至るまで 永遠と継続的な活動を続けている点が非常にユニークといえる。呼吸筋の支配は二重支配体制である。他の骨格筋と同様に大脳皮質からの随意的な支配により呼吸は自由にコントロールすること ができる。また、随意的な支配がなくなる時、そ れは睡眠の有無にかかわらず呼吸筋のリズミカル な収縮活動は延髄の支配により継続させられる。 習慣性の口呼吸の発生は、そのほとんどが無意識な状況下で観察される。
習慣性の口呼吸の発生防止と改善には、無意識下でも呼吸筋の活動が十分に得られるような身体を獲得することが重要であると考えられる。また、随意的な呼吸下で呼吸筋のトレーニングやレッスンをすることが不随意的な呼吸に対して効果を得るのか生理的な見地からの検証も必要であろう。
補助呼吸としての口呼吸
口呼吸の出現にはだれもが興味を持つ。大半の意見として赤ちゃんは、口呼吸ができないが摂食発達や構音発達にともない口呼吸が可能になると いわれる。Miller らは「32W の未熟児では鼻をつまんだりして鼻を閉塞させると口呼吸をする ことが困難で apnea をおこす」と報告している。
(1986)これは、口腔、軟口蓋、舌根部など適切な抵抗がつくれないためといわれる。また、このような機能は、嚥下機能の発達などと関連があり、胎生 36W で初めて鼻をつまんでも口で呼吸がで きるようになるといわれる。したがって、自然呼吸下において鼻呼吸障害により、あるいは他の理由により口呼吸を余儀なくされることは極めて異常であると理解されなければならない。 自然呼吸下において鼻呼吸のもつ役割は、加湿・ 加温・除塵による気道保護と脳に対する廃熱作用(冷却作用)といわれる。
自然呼吸下においてこ れらの役割が不可能になる外環境におかれる時、さらには運動時の酸素が不足した時には鼻呼吸から口呼吸へと転換される。外気の環境が著しい高 熱や低温になった時、さらにはスポーツによる激しい運動時に口呼吸は鼻呼吸に対する補助的な呼吸として出現する。そうすると口呼吸は、すべてにおいて悪い呼吸ではなく「自然呼吸下における鼻呼吸の緊急回避機能(システム)」といえる。
ならば口呼吸が問題なのではなく、自然呼吸下において鼻呼吸に代わって緊急回避機能である口呼吸が定着することが問題ではないだろうか?
鼻呼吸から口呼吸への転換
自然呼吸下において鼻呼吸が口呼吸へと転換する原因として鼻呼吸障害による鼻閉が最もよく知られている。それでは、鼻呼吸がどの程度妨げられた時に習慣的な口呼吸へと転換されるのであろうか?
大木は、どれだけ鼻呼吸抵抗値が上昇すると鼻呼吸が困難となり口呼吸が開始されるかを報告している。それによると、鼻呼吸障害が起きても直ちに口呼吸だけ行うのではなく、鼻と口と両方で呼吸する過程を経て完全口呼吸へ移行する事が分かった。そしてその過程は、ほぼ S 字状のジグモイドカーブを描いていた。このことから、鼻閉に対しては個人によって異なった呼吸動態を示しながら、鼻呼吸抵抗値が高くなっても徐々に鼻呼吸が消失するのではなく、ある抵抗値を超えたところで一気に口呼吸への移行が進むことがわかった。その鼻呼吸から口呼吸への移行の過程は、鼻腔の状態だけでなく軟口蓋の位置、舌根部の状態 なども関与しているとみられ、下気道を含めた気道全体の呼吸生理的な検討が必要と述べている。
こうしたことからも、口呼吸となる原因は、鼻閉による物理的な問題だけでなく呼吸に関わるすべての因子が鼻腔からの吸気を妨げられた時に抗しきれずに一気に口呼吸へと転換して行くものと考えられる。その際に、鼻呼吸を守ろうとするチカラの差が鼻呼吸から口呼吸への転換にかかる時間的な差として現れるのだろう。鼻呼吸を守るチカラとは、呼吸に関わる呼吸筋群すべてと考えられる。頸部、胸部そして腹部の筋肉群、背面の筋肉群、さらには顔面の筋肉群のもつ活動力である。そしてこれらの筋肉の持つチカラが、その子の生きるチカラである。成長発達のために身につけるチカラは、たった今を生きるために使うものであり将来のために貯めておく事はできない。だからこそ、生活の中で使われることのないチカラは生活に根を下ろすことはない。それが、リハビリで いわれる「廃用の法則」である。鼻呼吸を助ける呼吸筋のチカラは、生活の中でしか身につけるこ とができない。呼吸という機能を獲得するには、 呼吸機能が生活に密着しなければならない。だから、呼吸機能を生活の中で身につけさせるためには、そのチカラを必要とする生活を共に生きる者が準備しなければならない。
口唇閉鎖不全と口呼吸
顔面の筋肉群の中でも口腔周囲の筋肉は、呼吸補 助に役立つ重要な存在である。とりわけ上下口唇の閉鎖は、鼻呼吸から口呼吸への転換の因子として重要である。口唇閉鎖ができなければ鼻咽腔の陰圧が下がることで鼻呼吸から口呼吸への転換は一気に進むことは実感できるからだ。
口唇閉鎖不全は、臨床的には「開口」と呼ばれる。また、開口は、鼻呼吸疾患を生じさせる最も大きな原因と考えられている。大木は、開口の小児における耳鼻科疾患の有無を調べた。その結果、開口患者 の 1/4(24%) には耳鼻科的な問題が無く、3/4(76%) には耳鼻科的な問題があると報告している。この結果、開口つまり口唇閉鎖不全と耳鼻科疾患の因果関係が強いことがわかったが、開口が鼻呼吸疾患の原因となる口呼吸をしているかどうかは不明である。
しかし、開口(口唇閉鎖不全)の存在が、補助的 な口呼吸を招くことで直接的に自然呼吸下での鼻呼吸から口呼吸への転換を生じさせている鍵になっていると考えることは不自然ではない。なぜなら、口唇閉鎖の獲得不足は口腔周囲筋や舌などの筋肉の協調運動の未発達を意味するからである。口唇閉鎖不全の特徴は、口角の下垂、上口唇の翻転、オトガイの過緊張と下口唇の前突にともなう顔面筋全体の運動障害が下垂を生じているといえる。
つまり中顔面から下顔面における筋肉の伸展性や柔軟性の欠如とそれらの筋肉の協調運動の不全が開口をもたらしているといえる。 そこで、顔面の筋肉や口腔周囲筋の由来についても考えておきたい。顔面及び口腔周囲の筋肉は、鰓呼吸を営む鰓弓筋が水中から陸上へと生活環境が変化することによって呼吸から解放され咀嚼や嚥下・発声そして表情などの運動へと転換された。つまりは、エラが呼吸の仕事が無くなったので首と顔面を形成したといったところだ。また、元来鼻孔は単なる匂いを感じる細胞をもつ凹みでしか なかったのが、鰓腸へと通じたことで鼻腔が形成された。前後して形成された肺とつながるルートがこうしてできあがった。 つまり、顔面の筋肉はもともとが呼吸のための筋肉であったのだ。顔面筋や口腔周囲筋が呼吸筋と考えれば、顔面や口腔周囲筋の活動性 が高いことは鼻呼吸を助ける役目を持つことになるのだろう。西原によれば、鼻孔筋はエラ由来の内蔵筋と呼ば れており哺乳類では鼻孔と横隔膜が連動するようになっているそうだ。実際に、鼻の穴を広げるように意識して呼吸をすると腹が動くのをだれもが実感できる。口呼吸者の鼻孔周囲の筋肉は、厚く硬く動かないことからも顔面や口腔周囲の筋肉が鼻呼吸を補 助する役目を持っていると感じる。
よって、開口をなくし口唇閉鎖を獲得するために顔面筋や口腔周囲筋を活動させる工夫が重要であると考える。
口唇閉鎖不全の原因は?
そこで、口唇閉鎖の獲得についても考えてみたい。
口唇閉鎖の獲得は、離乳の開始とともに咀嚼の準備として獲得しなければならない重要な機能である。授乳中は、口唇は乳房に吸いつき閉じることはない。離乳が開始され、その口唇を閉じることにより口腔は初めて「消化の場」として機能することが可能になる。また、哺乳の口から転換して口唇閉鎖を獲得するには、いくつかの構造的な準備が必要となる。
まずは、下顎の前方成長と前方位の獲得。乳児の下顎は出生後の1年間で全身の中で最も成長するといわれる。その下顎の前方成長が得られなければ口唇閉鎖の獲得は難しい。何故なら、下顎の後退により下口唇も後退することで上口唇の伸展性がない乳幼児にとって口唇を閉鎖させる事はできない。
さらには、口唇や頬など口腔周囲筋の伸展性の獲得である。哺乳時には極力小さい力で陰圧をつくり出し吸啜するため、頬や口唇にはあまり伸展性がなく張りのある筋肉であった。それらの口腔周囲筋を柔軟で伸びやかなものにしなければなら ない。そのためには、原始反射の解除による過敏な皮膚感覚の除去を目的としたなめまわしや指しゃぶりが重要である。開口や口唇閉鎖不全をも つ子どもは、1歳までの舐めまわしや指しゃぶりが少なく、よだれが少ない傾向が感じられる。
そして、離乳食を介助する際にスプーンを口唇でしっかり捕えさせる意識が必要である。また、摂食発達において口唇でのついばみ食べや手づかみ食べが口唇閉鎖を誘導する。そのためにも、手づかみ食べをしっかりとさせたいが、最近の育児 において手づかみやついばみは母親から嫌がられることが多い。開口や口唇閉鎖の獲得には、育児環境も影響していると考えられる。
口唇閉鎖が獲得不全となる原因としては1)下 顎の後退による口唇閉鎖不全 2)口腔周囲筋の伸展不足や緊張(感覚入力の不足) 3)離乳摂 食時の捕食練習の不足などが考えられる。下顎の後退に関しては個体差が大きいために年齢が低いほど対処が困難となる。生活の中での対処として歩行が有効であるとされているが、歩行とか顎成長の関係を保護者に理解してもらうのも大変である。それに対して顔面の皮膚感覚をスムーズにさせ口腔周囲筋の伸展性と柔軟性を求めるためのスキンシップは、非常に効果があり実効性が高い。 また、食介助時の親の意識もすぐに変化させることができるだろう。
おわりに
口呼吸は、鼻呼吸の低下による鼻気道障害やそれに付随する呼吸器系の疾患、さらには口腔の形態や機能の異常をもつだけでなくそれらが関係し合って全身へとその影響を及ぼす。その影響力は、 驚くほど驚異的でもはや隠れた現代病の根本原因といえる。その口呼吸も本来は鼻呼吸に対する補助的な呼吸形態であったものが、何らかの原因により鼻呼吸から口呼吸へと転換され口呼吸が主体 となる呼吸をもつことになる。その転換の鍵を握るのが鼻呼吸に協力する呼吸筋の存在ではないだろうか? 鼻呼吸を助ける呼吸筋の存在を明らかにし、それらの呼吸筋のチカラを向上させることが鼻呼吸から口呼吸への転換をさせないための唯一の方法のように感じる。
そのための方法は、毎日の生活の中にあるのではないだろうか。子どもにとっては、身体を使った遊びを中心とした規則正しい生活リズムと生活力となる基本的生活習慣の獲得、さらには顔面や口腔周囲筋の働きを成長させ口の機能の向上をもたらす「口を育てる」意識を保護者が持つことが大切だ。
成人にとっては呼吸筋の活動を妨げないバランスの良い姿勢を持つこと。また、正しい身体の動かし方や歩行スタイルの改善に役立つ運動をすることは呼吸に大きな影響を与える。しかし、呼吸筋の向上は歯を喰いしばってやるようなトレーニ ングではない。まずは、ストレッチや柔軟体操をしながら胸部だけでなく全身の筋肉が柔らかくしなやかに動くための身体の使い方を覚えながら呼 吸をそこに整えるようにしていけば大脳と呼吸運動の情報の伝達がスムーズになり自然と呼吸筋のアップにつながる。さらに、巷で評判のいくつかの鼻呼吸向上のトレーニング法を試し、自分にあった鼻呼吸の向上を図っていきたいものだ。
略歴
昭和57年 日本大学歯学部卒
同年 日本大学歯学部 小児歯科学教室入局
平成3年 横浜市青葉区にて 「げんかい歯科医院」開院
平成20年 NPO法人口腔健康推進協会 サークルアイ 副代表
平成16年 乳幼児健診マニュアル作成(横浜市青葉区歯科医師会)
平成17年 横浜市医療功労者表彰
平成18年 神奈川県歯科保健賞 受章
平成18年 乳幼児健診Q&A作成(横浜市青葉区歯科医師会)
平成19年 日本看護学会 シンポジスト、教育新聞「保護者と向き合う」掲載
平成20年 小児看護 特集号 掲載
平成21年 茨城キリスト教大学看護学部紀要
平成19年より 川崎市公立保育園保育士会研修会講師
平成20年より 横浜市保育士講習会講師
視点を変える医療へ
福岡市 みらいクリニック 今井 一彰
漢方医を目指していた頃
日本古来の漢方診療は、脈診・舌診・腹診、この三つが重要視されます。脈診は、脈の速さ、強さ、緊張具合などを診ます。腹診は、日本の漢方において特に発達したもので、仰臥位になり両足を伸ばした状態で、手のひらで、腹部を軽く押して、特徴的な所見を探っていきます。西洋医学では、膝を曲げて腹直筋の緊張をとった状態で触診しますから、大きな違いです。時に万病は腹に宿 る、と言われ、漢方診療の習得は、腹診の習得と言ってもいいかもしれません。
舌診は、舌の色や舌静脈の怒脹具合、舌苔の有無、広がりなどを見るものです。この三つを組み合わせて、患者さんにぴたりと合う処方を探していきます。
診察は、診察室に入ってくるときから始まりま す。まず望診(視診)です。表情や顔色、体の肉付きなどを見ます。聞診(ぶんしん)といって、 声の強弱や高低を聞いたりもします。この聞診で は、匂いを嗅ぐことも含まれます。香道では、香 を”嗅ぐ”ではなく”聞く”と表現します。 この聞診が、待合室から始まっているとしたらどうでしょうか。
病気の匂い?
ある時、外来診療をしていると、奇妙なことに気がつきました。病気の軽重によって、患者さんから発せられる匂いがあるのです。特にそれは、関節リウマチの患者さんでよくわかりました。
関節リウマチというのは、四肢の大きな関節が痛んで、時には変形する慢性に経過する病気です。 はっきりとした原因はわかっていませんが、人口 の1%弱、日本では70万人程度の患者さんがいると言われます。
関節リウマチの患者さんを診療していると、悪 いときにははっきりとした”病気の匂い”が、症 状や検査値が改善してくるのに合わせて、消えていくのです。ひどい人になると、待合室に入ってきたときから分かります。診察室のドアを超えて、匂いが入ってくるのです。だから、「あっリウマチの人がやってきた」と分かるのです。
どういう匂いかと表現するのは難しいのですが、余り気持ちのいいものではありません。体全身が炎症を起こして、くすぶっているという感じです。そのほかの膠原病にも匂いがありますが、 それらは微妙に違っています。
私は、皆にこの匂いが分かっているんだろうと思い、同僚医師などに聞いてみましたが、誰も理解できませんでした。その匂いの出所はどこだろうと、「歯磨きはしましたか?」とか「しっかりと体を洗っていますか?」とか大変失礼なことを患者さんに尋ね回りました。もちろん、歯科の先生にも口臭と病気の関係について伺ってみました が、はっきりとしたことは分かっていないようで した。答えに窮していると、その他の忙しさにかまけて、追求すること忘れてしまっていました。 そのときの私は、漢方診療を習得したくて、ベッドサイドにいないときは、ずっと漢方書庫にこもって、昔の文献を漁っていました。
ところで、恒志会のテキストには、「温故知新」 という言葉がよく出てきます。私も、“新発見!” と思った処方や症状が、古い文献(もちろん江戸時代やそれより時代が上ることも)に必ず記載されているのを発見し、悔しい思いをすると同時に、 やはり昔の人も同じように悩んでいたのだな、と「温故知新」を肌で感じていた頃でした。
呼吸の仕方があるなんて
それから、数年後のことです、ふと読んだ本に、口臭は歯肉の炎症で、そこで起こった炎症が関節炎を引き起こすと記述されていました。そして、その炎症の原因は口呼吸であるとも。
忘れていた記憶がよみがえりました。匂いの正体は、口の中の炎症だったのです(もちろんその他の原因によることもあります)。そして、その原因の一つは、”口呼吸”という余り目にすることのない言葉だったのです。
私は、衝撃を受けました。なぜなら、漢方は全身を診る治療である、自分は患者さんを丸ごと観察しているのだという自負があったからです。人間の生命維持のための呼吸方法について、まったく注意を払わなかったのは、自分の無知が故の傲慢さでした。
知らないと言うことは、恐ろしいものです。担当の患者さんが、鼻と口、どちらで呼吸をしているかさえも考えずに診療をしていたのです。思い出すと今でも、自分の無知に恥じ入ります。
そして、我が意を得たりとばかりに、患者さん方に口呼吸の是正(矯正器具や就寝時の口テープ) を始めました。私の診察の最初は、呼吸方法の確認となりました。
そうすると、それまでに難渋していた患者さん の治療が、薬を使わなくとも関節の炎症が治まったり、痛みが取れてくることとして実感できました。漢方薬といえども“薬”です。一度体の中に入れば、それを取り出すことはほぼ不可能です。まず呼吸法を変えると言うことであれば、薬を使う必要がありません。
薬を使わない医師を目指す
その時から、私は、薬を処方しない内科医を目指そうと決意しました。そうやっていくと、口呼吸を是正するだけで、症状が軽快していく人が、 関節リウマチだけでなく、その他の病気にも存在することが分かりました。たくさんの病名は、口呼吸の一つの症状だと言うことです。しかし、やはりそれだけでは治らない人や、矯正器具や口テープを旅行先で忘れてしまい、それから継続できなくなってしまう人が出てきました。
口呼吸に関しては、歯科の先生方の著書がいくつか出ていました。それらに載っている口の体操を外来で伝えようとも思ったのですが、診療中の短い時間では無理です。さらに、低位舌の問題にも突き当たりました。漢方では、舌を見ますが、口を閉じた状態での舌位置などは考えたこともありませんでした。舌が低下すると、口呼吸を惹き起こしやすくなるのです。
短時間で、器具を使わず、そして一度聞いたら 忘れない、それらを満たすことが出来れば、薬をもっと減らせるのにと考え、「あいうべ体操」を考案しました。
これは、口を大きく「あ〜い〜う〜べ〜」(最後は大きく舌を下に突き出す)と動かすだけの体操です。短時間で指導でき、器具もいらず、そして忘れない、この三つがそろっています。
患者さんは、診察室を出ると、診察室内での出来事は、短時間のうちにほとんど忘れてしまうと言われています。私は、あいうべ体操だけは忘れないようにと、初診の際は、そのことだけ指導しました。お子さんでも出来ますから、もし、しなかったとしたら、私のせいではなく、その人自身のせいです。病気が治らないのも、私の責任ではありません(これは冗談ですが)。
そうすると、関節リウマチのみならず、アレルギー性疾患、炎症性腸疾患、いびき、肩こりといったものまでも改善するようになりました。当然、 私の処方箋を書く枚数は激減しました。
と同時に、私は失望と怒りを覚えました。口のことであれば、歯科医が専門である、むしろ歯科医になればいろいろな病気を治療できたのにという失望、そしてなぜこのような大切なことを、これまで誰も教えてくれなかったのだろうと言う医 学教育に対する怒りです。私は、患者さん方にいつも聞きます。これまで歯科治療の際に、口呼吸について指摘されたことがありましたか?と。そして、ほとんどの場合答えは「ありません」です。 時々、口呼吸について指導された経験のある患者さんに遭遇すると、ホッとしたものでした。
堀田先生との出会い
歯科では、この「宝物のような口呼吸」の問題よりも、齲歯やかみ合わせなどの治療を優先する理由があるのではないか、そのような疑問も湧いてきました。私の課題は、医科の立場から、患者さん方へ歯科治療の重要性について啓蒙していくことだと捉えることにしました。
この度、故片山恒夫先生が始められた恒志会で発表できることは大変光栄なことです。これは堀田修先生との出会いによります。堀田先生は、ある歯科の先生から著書を紹介され、私は、いても立ってもいられず福岡から仙台に飛びました。そこで鼻咽腔炎という概念を知り、「歯だけじゃなくて良かった」と妙な安堵を覚えたことを思い出 します。
命と病の入り口
福岡の西日本新聞社では、「命の入り口こころの出口」と題して、口腔の問題をずっと取り上げています。私のあいうべ体操も紹介していただき、花粉症が良くなった、喘息の薬が減ったとのうれしい声が届くようになりました。酸素と食物、 鼻と口は命の入り口でもありますが、それらをきれいに保つことが出来なければ、病気の入り口にもなってしまいます。このような取り組みがます ます増えていくと、日本の医療費は必ずや減っていくと思います。増大する医療費を削減していくことは、次世代への負担を軽減することです。また石油が枯渇してしまうと、薬を製造することが出来なくなってしまいます。こればかりは、太陽光で代替すればよいと言うものではありません。 薬を使わないというのは、エコでもあるわけです。 それは私たちの世代にとっても大切なことです。
いつか森も木も見てみたい
体のことは知らないことだらけです。いくら勉強をしても追いつかないことをいつも実感し、自分の実力のなさ故に治療に難渋する患者さんがいると、申し訳なく思います。堀田先生は、著書の中で「森を見て木も見る医療」と仰っていますが、 浅学な私が、森も木も見られるようになるのはいつだろうかと、その日を楽しみにして診療に励んでいます。
私は、一介の開業医ですから、難しいことはお話しできません。しかし、患者さん方の薬をやめていく方法の提供に関しては日本一だと思っています。あいうべ体操を通して、改善した症例を紹介します。人は、ちょっとしたきっかけで病気が良くなるものです。そのきっかけを作るのが、舌位置の是正であり、口と鼻の掃除です。
この場が、私の乏しい臨床経験を通じて学んだことを分かち合う場所になればと思ってお話をいたします。
略歴
鹿児島県生まれ。1995年山口大学医学部卒業。 同大救急医学講座入局。飯塚病院、山口大学 医学部付属病院総合診療部などを経て、“み” んなが“ラ”クになる“医”療(みラ医 医 療)を目指して2006年福岡市にみらいクリニッ クを開業。身体の使い方を治して、病気を治 すという考え方に基づいて、なるべく薬を使 わない医療を提供している。
主な著書
免疫を高めて病気を治す口の体操「あいうべ」(マキノビタミン文庫)
「足の指」まっすぐ健康法(KAWADE夢新書)
がん治療の革命的アプローチ 話題のバイオ ラバーを検証する(医学最先端シリーズ)
加圧トレーニングの理論と実践(KSスポーツ 医科学書 共著)等がある。
日本東洋医学会漢方専門医
日本AKA医学会指導医
加圧トレーニング統括指導者
口呼吸を考える
2010 vol.5
lgA腎症根治治療ネットワーク代表・前仙台社会保険病院腎センター長(医師) 堀田 修
現在、我が国には約30万人の慢性腎臓病患者が末期腎不全により透析医療を受けている。透析医療が必要となる二大原因疾患は糖尿病性腎症と慢性糸球体腎炎で、慢性糸球体腎炎の約半数がIgA腎症である。IgA腎症は腎臓の血液濾過装置である糸球体のメサンギウムにIgAが沈着することを特徴とし、臨床的には糸球体毛細血管の破綻により血尿が認められる。
IgA腎症が肉眼的血尿で発症することは稀で、血尿の程度はほとんどの場合は顕微鏡的血尿で、患者の70%は検診で発見される。 IgA腎症は、以前は不治の腎臓病であったが、現在では早期の段階であれば扁桃摘出・ステロイドパルス併用療法(扁摘パルス)により根治しうる疾患であることが明らかになっている。
IgA腎症では腎臓に粘膜防御を担当する免疫グロブリンであるIgAが沈着することより粘膜免疫の破綻が関与することが示唆され、感冒を機に血尿が悪化する症例が多いことより上気道粘膜の領域にIgA腎症発症の根本原因が存在するであろうことが容易に推察される。そして、扁摘パルスを行うと早期の段階であれば高率に寛解が得られ、また、摘出した口蓋扁桃を詳細に調べるとIgA腎症に特徴的な所見があることから、口蓋扁桃がIgA腎症発症の重要な役割を担っていることはもはや疑う余地がないと思われる。
IgA腎症は世界中で最も頻度が高い原発性糸球体腎炎であるが、興味深いことに国により罹病率が大きく異なり、アジア、特に日本に多く、欧米に少ない。世界で地域差を生じる理由は腎生検の適応や集団検尿制度などの医療的要因が大きいと考えられるが、遺伝的素因の関与も指摘されている。しかし、IgA腎症における責任遺伝子の研究がこれまで精力的になされて来たが、いまだ確立されたものはなく、実際、家族発症する例はIgA腎症患者のごく一部にすぎない。
筆者はこれまでに2000人を超える全国のIgA腎症患者の診療を行って来た。日常診療を通じて気付いたことは「叢生歯列」「上顎前突」「前歯の脱灰」「下顎後退」「口角下垂」「下口唇の外反肥厚」「口唇乾燥」などの口呼吸と関連する容貌の特徴を持っているIgA腎症患者が多いことである。加湿機能とフィルター機能を備えた鼻呼吸に比べ、口呼吸では咽頭が細菌、ウイルス、粉塵、冷気などに直接暴露されやすく、また口腔内の乾燥も招き、口蓋扁桃を中心とした口腔内リンパ組織に慢性的な炎症を生じやすいといえる。したがって、口呼吸の習慣が腎臓病や皮膚関節疾患などの二次疾患の原因となる病巣扁桃を形成する誘因となることが推察される。
筆者はこの口呼吸の習慣の有無が国によるIgA腎症の発症頻度の差異を生じる原因であると想定している。欧米ではIgA腎症の発症率が日本より少ないとされているが、その中ではフランスで発症率が高いことが知られている。日本人に口呼吸が多いことは以前より指摘されているが、フランスでは他の欧米諸国に比べ口呼吸する人の割合が多いそうである(西原克成博士私信)。
口呼吸の癖を獲得する要因としては、あやまった食習慣やおしゃぶりの早期離脱などがこれまでに指摘されている。筆者はこれらに加え、日常使用する言語の構音特性も少なからず関与すると想定している。日本語と比較すると英語にぱp ”,“m”,“v”,“f”といった口唇(口輪筋)に力が入る言葉(英語のp,mは発語の際、日本語の「ぱぴぷぺぽ」、「まみむめも」に比べて口唇に力が入っている)と、“θ”(thing, thanksなど),”ð ”(the, thenなど)といった舌先を歯に挟むような舌先が緊張する言葉が存在する(フランス語にもθ,ð は外来語以外には存在しないようである)。
口呼吸の習慣を持つ人は口唇と舌が常時、弛緩する傾向にあるが、英語の持つ口唇(口輪筋)や舌を緊張させる構音特性が口呼吸の習慣に陥りにくくしているのではないかと筆者は考えている。口呼吸の習慣が是正されないと、口蓋扁桃を摘出しても、舌扁桃などの残存する口腔内リンパ組織に対する抗原刺激状態が改善しないので、十分な治療効果が得られなかったり、一旦、寛解しても再発したりすることにつながる。したがって、IgA腎症の根本治療においてはプロトコールに則った扁摘パルスの実施のみならず、必要に応じた口呼吸の是正が重要であると筆者は考えている。
では、口呼吸を是正するためにはどうしたらよいか? おしゃぶりを3、4歳まで続けるというのは予防という観点からは重要かも知れないが、IgA腎症が4歳以下の幼児に生じることは極めて稀で、IgA腎症を発症する時はすでにおしゃぶり年齢を過ぎている。口呼吸の人はクチャクチャと音をたて、早食いであることが多いので、筆者は一口30回以上噛むことを指導している。そして、就眠時にはロテープを貼ることを勧める。こうした、一般的な指導に加えて、口呼吸を根本的に是正する試みとして口輪筋を鍛えて柔軟にする簡単な体操と、舌位置(口呼吸では舌低位となる)を改善するための舌の運動を指導している。腎臓だけに注目していては腎臓病を根本的に治すことはできない。
IgA腎症をはじめとする慢性免疫疾患の治療では病態の全体像を俯瞰し、根本的原因にまで踏み込んだ「木を見て森も見る医療」の実践が肝要である。
医学界ではいまだにevidence based medicine(EBM)が席捲し続け、残念ながらIgA腎症治療における口呼吸是正の重要性が診療ガイドラインに取り上げられることはない。巷に氾濫する「EBMに基づくガイドライン」の多くは製薬企業の支援を受けた対症治療のランダム化比較試験の結果を明確な目的意識もなく羅列した知識の集積にすぎない。患者の病態に対する注意深い観察、必要にして十分な知識、そして、それらに卓越した経験知に基づく柔軟な智恵が加わり、はじめて患者毎の最善な治療が導き出される。
とは言うものの、EBMを否定することで口呼吸の重要性が高まるわけではなく、また、EBMの批評家が優れた医療を創生するわけではない。今、私たちに求められていることは「口呼吸に関する科学的エビデンスを作る」ことであろう。
略歴
1983年 防衛医科大卒業
同年 防衛医大附属病院第2内科
1989年〜 仙台社会保険病院腎センター
2006年4月〜
2008年12月 同腎センター長
2009年1月 IgA腎症根治治療ネットワーク代表
現在、仙台社会保険病院(宮城)、 大久保病院(東京)、成田記念病 院(愛知)で、IgA腎症を中心 とした腎疾患診療を行う
著書
慢性免疫病の根治治療に挑む(悠飛社、2007)
IgA腎症の病態と扁摘パルス療法(メディカル・ サイエンス・インターナショナル.2008)
Recent Advance in IgA Nephropathy (分担執筆)(World Scientifc Publishing 2009)―
ー特別寄稿ー 口呼吸 Mouth Breathing (5)
2010 vol.5
ジョセフ・ダ・クルズ
- 始めに
- 幼児期における舌と顔の筋肉の役割
- 歯の異常萌出と□呼吸による歪みのパターン
- ガス交換と□呼吸
- 食べ物と□呼吸
- まとめ
- 文献
始めに
人間は鼻で呼吸するように造られており、休む時も軽い運動の時も鼻で呼吸する。例外は、ほとんど口を閉じて長距離を走るマラソンランナー。
最後のダッシュとその直後以外ほとんど鼻で呼吸している。これが肺のガス交換による有酸素呼吸を助けている。ガス交換がうまく出来ることで体内の適度な水分量を維持している。口を早く開けてしまうとフィニッシュ前に疲れてしまう。タイムが良くないばかりかフィニッシュできない事もある。脱水して、無酸素呼吸となり疲れきってしまう。口呼吸の人の一生も同じようなものといえる。
正常な人は、鼻がフィルターとなり空気を暖めるだけでなく湿りも与えている。空気が副鼻腔を通る時熱交換によって空気は温まり鼻腔は冷える。特に蝶形骨洞では松果体が冷やされている。鼻腔の温度が高い場合は炎症や花粉症と見なすことが出来る。中国医療では熱が頭に昇るという。
松果体の温度が上がると機能異常を起こし、成長を司るホルモン分泌や体温調節を司る脳下垂体の障害となる。
鼻呼吸では、副鼻腔で一酸化窒素が生成され肺に取り込まれる。一酸化窒素は、血管拡張効果があり肺での細菌繁殖を防いだり、ガス交換の10%を担ったり、血中酸素を18%増加する、そして何よりも抗炎症作用がある。
口呼吸は、欝血と関わっていることが多く、風邪、インフルエンザ症状、副鼻腔炎、アレルギー、中耳炎、鼻汁、アデノイドが出やすくなる。アデノイドは花粉が大気を舞う春によく見られるため春を喘息シーズンと呼んでいるのかもしれないが、アデノイドは春に限らず多発し、咽頭の負担が大きく患者はとても疲弊してしまう。
見慣れた人の目には、口呼吸をする人の顔は長く矢状面の頭が平坦で長めに映る。また、舌の位置によって様々な歯列不正が起こっている。口呼吸は、指しゃぶりや吸唇癖、舌出し嚥下のクセのある人に良く見られる。その場合、親指やそれに替わる毛布などの物は、呼吸を確保するために関節に圧をかけない矯正具の働きをする。こうなると当然のことながら歯の異常萌出が起きる。また、誕生時のトラウマを解消できずに保持してしまうことにもつながる。この本質的組織の異常は筋機能をも変えてしまう。その結果、体は生き延びるために懸命に補完しようとするので顔の対象性が失われ必然的に異常萌出となってゆく。
口呼吸は、いびき、呼吸の乱れ、そして睡眠時無呼吸という深刻な病気の原因となる。睡眠時無呼吸症は、心臓に悪影響を及ぼし成人に高血圧をもたらすこともある。子供の場合は、集中力欠如となり学習やスポーツの成績が悪くなる。口呼吸では口腔細菌が増え口臭の原因となり、夜尿症や夢遊病の見られる症例もある。モロ反射のような本態反応が存続し続け成長と発育を阻害する。
一般的に口呼吸は、見た目が悪い、頭が悪い、発達が悪いと受け止められている。ダウン症患者の表情のように障害として見られることもある。これは上顎の発達不良であるためと、口呼吸していると口が開き舌が突き出していることによる。顔や口腔の形に著しい影響を与える。口蓋が高く歯列弓が狭いか、過蓋咬合で下顎が後退しのっぺりとしたアデノイドの表情となっているのが普通である。舌の突き出しがある場合、ほとんどのケースでは前方離間咬合か側方離間咬合がおきている。
人の子は最初の3年間で身長が2倍になるという大変面白い成長をするが、これは人生で一度限りのユニークなものである。顔は約30%形成されて誕生してくる。一才になる頃には50%に達し、4才では60%、8歳で80%まで形成される。 12才で90%、18才で100%に達する。この成長期に鼻呼吸にならなければ、顔や骨格の歪みが起こるのは必至である。重度の場合は、簡単な矯正では治らず、ほとんどの場合手術となり高い費用と病弱というコストが伴う。重度の鼻腔閉塞が分らずに幼児が原因不明で死亡するということも大げさではない。従って、口呼吸を治療し鼻呼吸を回復するのは早いほど良いのである。
幼児期における舌と顔面筋の役割
ダニエル・ガーリナー教授の「Swallow Right or Else (正しい飲み込み方をしないと)」という1979年発行の本には以下のように解説されている。「舌は非常に強く動く筋肉で唇や頬筋などの顔面筋と共に正しい授乳のために重要な働きをしている。舌と硬口蓋で乳首を搾るときに母乳の流大量をコントロールする。口蓋は広く大きくなってゆき誕生時に形成される緊張パターンを正常化するようになると同時に呼吸ができて、幼児にとって成長と発育にとても良い状態ができる。授乳していない時は、舌が硬口蓋に付き唇は閉じて鼻呼吸をしている。」
さらに言うならば、これによって正常でバランスの取れた交感神経、副交感神経の働きができ、免疫系もバランスが取れてくる。幼児期の成長では、様々な本態反射が統制されると同時に中枢神経もしっかりと形成されてくる。この成長期にストレスがあると本態反射が残り神経形成が遅れてしまう。こうした本態反射が優先する事は、状況の如何に関わらず幼児があらゆる逆境を生き延びることである。
幼児の異常呼吸は、母親の食事に問題があったり、吸い口(乳首)に問題のある哺乳瓶でミルクの流れをコントロールできなかったりと原因は様々である。幼児の口がミルクで溢れるのは溺れさせているようなもので、溺れないようにと幼児は必至で舌を突き出す。その結果呼吸が妨げられ空気を飲み込み腹が膨らんでそれに伴う障害が出来てくる。結果的に交感神経優位となり消化機能が減退しT2免疫反応を引き起こす。 T2免疫反応が支配的になると炎症を起こし、粘液を出し、発疹、アデノイド、扁挑障害がでてくる。これらが原因となって気道を狭めてしまい、幼児は窒息せずに飲み込もうと必死で舌を勤かす。
私の経験から、こうした状況に対応するために幼児が取る舌の位置は以下の3種類ある。
- 舌が下顎近くにある場合:下顎は発達するが上顎は発達しない。この状況だとクラス3が形成されてゆく。舌小帯硬直症(tongue tie)もこれと似た障害を起すことが知られている。
- 舌が歯の間に位置する場合もあり、オープンバイト(離間咬合)となる。オープンバイトは矯正で外観を良くすることも病的挺出を治すことも最も困難な症例となる。
- その他にクラス2 div1のような場合は、一般的に舌が口蓋に付いていても一定の緊張とTMJ 障害がある。舌出し嚥下の有無に拘らず舌の空間が限定されているため食いしばりが多い。食いしばりは、下顎と舌を上顎に押し付けて気道を確保する方策。舌出し嚥下は更に歯列弓を狭める。過蓋咬合とオーバージェットと歯列弓の狭窄で Spee カーブとウィルソンカーブが大きくなり、頭痛や偏頭痛が強く出る場合がよくある。また、正常な呼吸ができず、特に夜間はひどくなる。その結果、起きているときは下顎が後退し頭を前に突き出す姿勢になったり、夜間は口呼吸になったりする。
上述した舌の位置によるどのケースでも、噛む、飲む、話すに影響が出る。
口呼吸における挺出と緊張パターン
歯が順次萌出するように(幼児から少年、10代と成長する段階で)よく観察し処置することは、不正咬合や口腔構造の歪みによる障害を防ぐ上で最も重要である。それによって顎の位置が正しくなり、直接・間接に舌の位置によって気道をコントロールできる。舌の位置を正さないと、口呼吸と歯の不正萌出になってしまう。Spee カーブは上顎と下顎で逆になる。上顎の第一大臼歯が挺出し下顎の第二大臼歯が挺出すると、顎に Spee カーブができ前後の動きが抑制される。挺出は過蓋咬合のように縦の余裕がない場合(loss of vertical)は許容できるが、オープンバイトで挺出がある場合、挺出を修正する、特に上下間を大きくする(increase in vertical)のは非常に難しくなる。歯を陥入することが難しくなる。誕生時のトラウマに強く影響される頭蓋緊張パターンとして蝶形骨と後頭骨の接合部の蝶後頭軟骨結合がある。これは側頭下顎骨と同じレベルにある。この顎関節と蝶形骨の関係は要注意である。蝶後頭軟骨結合は軟骨性で成長期の場合簡単に修正できる。頭蓋整骨(オステオパシー)では、下顎は後頭骨と、上顎は蝶形骨と関連している。この二つの骨には8パターンの組織傷害が挙げられ
ているが組み合わせはもっと多様である。口呼吸の患者を治療するに当って、腕の良い頭蓋整骨医(カイロプラクター)がいれば歯科医のよきチームプレーヤーとなってくれる。頭蓋整骨医は、緊張パターンが不正咬合パターンを決めるというが、これは事実だろう。歯科医である我々はこの辺の所を良く分かっていない。頭蓋整骨、整体、歯科医の共同は意義あることで今後の研究課題でもあろう。歯の順次萌出と緊張パターンには緊密な関係があるようだ。頭と首のレセプターの神経信号による筋肉パターンは、その動きによって不正咬合を形成する。この信号は歯周靭帯と頭蓋縫合の機械的受容器から発せられるもので、考慮しなければならない重要
な信号システムである。筋肉は知覚からのフィードバックに対応して動くものだ。口呼吸は、上唇を低張、弛緩し、下唇を緊張させ外反(eversion)させる。強い頤筋(mentalis)の動きがあり、上の前歯が動いて突出し、下の歯が後退し叢生となって長くなる。前歯の後ろに位置してオーバージェットになることもよくある。同時に咀嚼筋/頬が緊張し横方向を狭め歯列弓を狭めて上顎を折り込み口蓋を高くする。これによって顎関節には最も有害な咬合となるウィルソンカーブができ横方向の動きを妨げる。歯軋りは交差障害を正す自然の働きなのかもしれないが、これによって顎関節と歯周靭帯に深刻な損傷が起きる。
こうした点を考慮せずに時宜を逸した矯正がまかり通っている。顎関節の傷害や緊張パターンを正すことなく歯並びを揃えている場合が少なからずあり、結果的に歯並びは良いが顔は歪んでしまっている。そうして逆戻りを繰り返し痛みや不快感も出てくる。抜歯して舌の空間を小さくすると確実に顎関節症と痛みと睡眠時呼吸障害を惹き起こす。
幸いなことに、現在では口腔構造や歯の機能を適期に正しく治療する意識が高まっている。研究者の間では、これが間違いのない口呼吸の複雑な問題を解決する逆だという共通の認識がある。最初に不正咬合やストレスを起こす病的状態を理解し修正する必要があるのは言うまでもない。これまでの多数の症例で貴重な知識が得られ、それを上手く有効に使って治療し多くの人に安らぎと永続的治癒をもたらしている。メディアを通して治った患者の証言を知り、苦しむ人々の間に意識が広がり大きな動きとなってきている。最後に紹介する症例は、難しいケースでもやれることがある、口呼吸も別の視点から見ることで人々に勇気を与えてくれることを示している。
ガス交換と口呼吸
口呼吸は、本来鼻が詰ったりやや強めや激しい運動をした時のその場をしのぐ対応である。口呼吸が長引くとガス交換が上手く行かず様々な問題が起きる。通常ガス交換は肺で行われており、アルカリ度が高いほど酸素の運ぶ量が増え、外呼吸によってCO2が排出される。組織中に酸素が放出されるのは、ボア効果と言う組織の酸性度が血液よりも高いことによる。 CO2は水と反応して炭酸となる。炭酸は、炭酸アンヒドラーゼ酵素によって重炭酸塩となる。血中のたんぱく質はH+ラジカルを吸収する。組織内のガス交換を内呼吸という。血液は脱酸素することによって二酸化炭素を運搬する力が増す。この特性をハルダン効果(Haldane effect)と呼んでいる。血液に蓄積した二酸化炭素は肺に運ばれ排出される。呼吸が遠く深くなると二酸化炭素の排出量が増え、その結果として血液と組織のpHは高くなる。
口呼吸だと二酸化炭素の放出が早すぎて肺の上部1/3しか使われず、横隔膜が動かないので首と肩が凝る。呼吸の速度と深さを調整することで脳と肺は時々刻々pHをコントロールできる。 pHは人体の何層もの緩衝機能によってコントロールされており、一つが機能しなくても別のが機能できるようになっている。緩衝機能の中心的役割を果たしているのは、重炭酸塩、乳酸塩、クエン酸、シュウ酸塩、リン酸塩、アルカリ性ミネラルである。腎臓も酸や重炭欣也を尿として除去し、尿酸を尿素に変換するアンモニアを作ってpHを調整している。重炭酸塩は有酸素呼吸によって形成され、炭酸アンヒドラーゼ酵素の主役として亜鉛がある。重炭酸塩はこの酵素によって組織中で作られ、肺の中で二酸化炭素と水に分解され排出されると同時に血液は酸素を得ている。
血液が酸素を運搬するには組織よりも常にアルカリ性でなければならない。 pH7.4の血液は、pH7.3の血液よりも65%多く酸素を運べる。筋肉のpHは約7.0ー7.15の間にあり、血液のpHが精製した糖類(分解して酸になる、黒糖でも量が問題)などの間違った食べ物で下がった場合に口呼吸だと組織からのCO2解放が早すぎる。組織はアルカリ度が上がり、ボア効果が無くなる。その上、組織は低酸素状態になって無酸素呼吸となり酸が多く生成されるようになる。組織は酸素欠乏を起す。脳は更なる興奮と不安で過呼吸となり窒息を防ごうとする。正常なCO2レベルは脳が設定するが口呼吸によって異常になってしまう。血中の重炭酸塩欠乏は、唾液中(唾液は血液からできる)の重炭酸塩欠乏につながりかつ複数の緩衝システムが機能しなければ虫歯に至る。
口呼吸の危険性はまだある。過喚気又は過呼吸、そして夜間に窒息を起す気道閉塞である。更に怖いのは、好ましからざる波及効果のある不安症を起すことである。ロシアのコンスタンチン・P・ブテイコ教授は、過喚気を詳しく調べ、治療法を公開して大いに貢献しているが、十分考慮に値する内容である。
夜間の口呼吸は、深刻な結果を招きやすい。睡眠中の筋肉はほとんど緊張がなく弛緩している。不正咬合と歪んだ口腔構造のため下顎は後退して動けなくなる。口腔内では、扁桃の腫れや後退した舌、潰れた気道が物理的障害となり、胸腔内に負圧が発生することがある。若い成長期の子供の場合、漏斗胸のように胸骨が凹んでしまう(菊池まこと博士)。鼾や窒息することも多い。低酸素や無呼吸発作になる可能性が高く、思わぬ結果になることもある。
口呼吸で注目したいのは、肺の上部1/3しか使われず、一次元的な勤きになることである。正常な呼吸では3次元的な横方向の勤きもある。横隔膜を使って肺全体が拡張して腹部が動くため腸や肝臓に好影響を与えるのだが、一次元的な勣きではそれが滞ってしまう。
食べ物と口呼吸
ウェストン・プライスの調査研究では、誤った食べ物を摂れば身体の変性疾患と口呼吸が僅か一世代で起こる事を明瞭に示している。それを補足しているのが、フランシス・ポテンジャーとメルビン・ページの生の食べ物の有用さと健康的栄養のある食べ物とは何かについての研究。未開人の食べ物にはカルシウムやリン、抗酸化物質が豊富にある。汚染物質、高機能物質、保存科等々が入った酸化し変性しミネラルが欠乏した近代の食べ物とは対極にある。ビタミンA、D、E、Kなどの脂溶性ビタミンや賦活因子・Xファクターが豊富にあった。
人類は何百万年もかけて進化してきている。人類進化の歴史は代を重ねて起きた変化を記しており、医療と口腔のあるべき姿にヒントを与えてくれている。私たちの体はおおよそ狩猟採集の頃の遠い先祖からのものであり、農民になったのも産業革命もずっと後になっての事。現在のライフスタイルの変化は劇的なもので、人体がその変化に適応できるのかどうかは不明である。
「私としては、人類の絶滅に繋がりかねない歯の病気と変性疾患の進行を止める方策は一つしか思い浮かばない。それは歯科医を歯に害となる原因と治癒に最高の研究心を捧げられるような地位に引き上げることだ。歯科医は、歯が食べ物に影響される限りは、人類の進化を賢明に舵取する者となるべく努力すべきだ。無知な未開人に思いを馳せ、その食べ方を見て学ぼう。歯磨きや歯磨き粉は靴ブラシや靴クリームと同じくらい重要なものだというふりをするのはもう辞めにしよう(訳注:英語のことわざで本質から外れた重要でないものに焦点を当てているという意味)。売り物の食べ物が歯を安物にしてしまったのだ。」(アーネスト・A・フートン、Apes, Men and Morons (猿と人とバカ) 1937年)
まとめ
本文は、口呼吸の問題を理解し体系的な対策を取る必要があるという視点で捉えている。成長と発達は、気分、気力、睡眠、外観、機能等あらゆる面で重大な影響を与える。真剣に向き合うべきことではないだろうか。医学は棺桶から揺り龍を振り返る視点で病気や障害、不健康を理解しようとしていると書いてあるのを読んだ事がある。人間の健康と福祉を向上する為には、まず、母親を見る、それから乳児と全ての環境を見て最善の生きる術を与えるべきだ(Dr.ジョン・ダイアモンド)というのは、私にとって大きな学びだった。プライス・ポテンジャー財団の活動は賞賛に値する素晴らしいもので歯学のカリキュラムに取り入れ広く知らせて行くべきものと思う。付表A - SOMA 口呼吸ケーススタディ
SOMAシステム(USA 他の数か国の特許取得、その他の国で出願中)は、これまでの知識や臨床試験で分ったこと、現時点で十分予後の予測できる知識で開発されたもの。
症例1 口呼吸で 14mmのオーバージェット患者のSOMAによる治療。食事と栄養に開する助言も与えている。
参考文献
以下の参考文献のほとんどは、医療現場の人たちが一般向けに分かりやすい言葉で書いたものである。
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図1 ケースA 口呼吸による挺出障害
上顎は第一大臼歯が、下顎は第2、第3臼歯が挺出している。
図2 ケースA 呼吸するために舌が前に出ている
前面週蓋咬合で舌が上の切歯と下の切歯の問にある。舌出し嚥下で舌
の空間が狭い。図3 ケースA 狭窄した気道の断面
最も狭いところで、幅11.6mmしかなく、扁桃腺を飲み込むと更に気道が狭くなる。
口呼吸を考える 臨床実践編
呼吸と口腔機能の接点を考える
―鼻呼吸のスイッチはどこにあるのか?―
横浜市青葉区開業 保育歯科医師 元開富士雄
私たちヒトは、呼吸のための特別な筋肉をもたない存在です。しいてあげれば、吸気筋の外肋間筋と横隔膜、呼気筋の内肋間筋だけであとはすべて体壁筋がそれを補足して働いているわけです。体壁筋が呼吸するチカラを作り出しているともいえます。
また、呼吸の出入り口である鼻腔と口腔そして咽頭腔は、呼吸で用いる筋肉が咀嚼・嚥下や発声・構音機能で共通して使われます。このように、呼吸のための運動は、すべて他の運動に共通で使われているということになります。
つまり、呼吸という運動に問題があるとすれば、全身の他の運動にも関わっているのではないかと思われます。
そこで今回は、口呼吸という問題を運動機能 (発達)という観点から考えてみたいと思います。 私達が自然に「無意識呼吸」をしている時、そのほとんどが鼻呼吸です。それが、運動や外気温や精神状態の変化に加え「意識呼吸」を行うときは鼻呼吸と口呼吸は併用されることになります。
つまり、口呼吸自体は鼻呼吸を補う補助的な呼吸であるといえます。そうしたこともあって、耳鼻科的には、鼻呼吸から口呼吸への転換は個人差が大きく、鼻閉が必ずしも口呼吸を発生させるわけでもないことから口呼吸に対し積極的な対応はなされないのが現実です。
また、開口にしても鼻閉と同様に開口=口呼吸とはいえず口呼吸の扱いの難しさを感じます。
それでは、口呼吸になるには何が存在するのでしょうか。補助的な口呼吸が作動する背景には、鼻呼吸を維持させる基本となる チカラが弱いのではないかと考えます。体全体が 持つ呼吸の力は、体壁筋によって支えられていますから、姿勢の悪さや全身運動の低さが基本的鼻呼吸力を低下させることにつながります。
こうした力は、毎日の生活の中での身体運動や身体の使い方に直結すると考えられます。子どもに口呼吸が多い理由として、運動発達過程にあるために身体運動のチカラが弱いことが呼吸に強く影響するものと考えられます。顔面部における基本的鼻呼吸力を作り出す条件としては、4つの弁の存在がよくいわれています。
1つ目の弁は、鼻翼(小鼻)です。小鼻を動かしながら息を吸うと不思議に横隔膜が強く動かされるのが感じられます。
2つ目の弁は、上下口唇です。上下口唇が閉鎖することで鼻咽腔の陰圧が守られることから口唇閉鎖を積極的に行う口呼吸対処法が行われています。
3つ目の弁が軟口蓋、4 つ目の弁が奥舌です。
軟口蓋と奥舌の密着が咽頭腔と口腔の閉鎖を行う決定的な弁と考えられます。ところが、この二つの弁は子どもの時期には咽頭腔の成長と免疫的な影響を強く受けます。咽頭腔は、9歳頃までは咽頭後壁が軟口蓋付近で屈曲し狭く高さを持ちません。そこに、アデノイド肥大の影響を受けることで軟口蓋は運動制限うけて肥大化し、口蓋扁桃肥大は奥舌に圧を加え前方に押し出すことで、この部位での閉鎖が困難となりやすいようです。
これらの4つの弁の運動性の悪さが口呼吸を作り出すとするなら、身体のこの部位で行う他の機 能である咀嚼・嚥下や発声・構音も低下していると考えられます。つまり、口呼吸の発生は同時に咀嚼や構音機能の低下も作り出していると考えられます。
「摂食や口腔運動スキルを全身的背景と照らし合わせて観察することは重要であり、全身の正常な運動発達に悪影響を与える問題や行動パタンは間違いなく口にも影響する。そして、すべてのものは必ずつながっている」(Alexander, Boehme. & Cupps1993)といわれるように運動発達から口呼吸をみる視点とするなら、それは全身において統一した現象として関連性がみられるでしょう。
つまり、口呼吸で動きの悪い口唇や軟口 蓋や舌を持つならば、咀嚼運動や構音運動においても同様の問題を生じているということが考えられます。また、呼吸という目にみることが難しい機能を扱うよりも、咀嚼や発語といったわかりやすい口腔機能を意識して向上させることが口呼吸防止のためには効果的ではないかと思われます。
これまで、口呼吸防止のために多くの機能訓練が紹介されてきましたが、当事者にとってどれもが意味を持たない運動であるため長続きをしないことが多かったように思います。そのために、直接的な対処法である「口にテープを貼る」が一番効果的といわれるのかもしれませんが原因を取り除いたわけでもありませんから効果は限定的になります。
そういう点で『あいうべ体操』のような考え方は、非常に画期的ともいえます。「あいうべ」 が、運動発達においてもっとも効果的かどうかはわかりませんが、構音により呼吸に関連する筋肉の運動をさせているという点では非常に評価できると考えます。
今後は、咀嚼と構音の機能力を育てることで口呼吸の防止につながる訓練法の開発やそれぞれの機能が全身運動とどのように関わりヒト発達の中で何が原因となって口呼吸が発生するのかを究明できることが大切と考えます。
睡眠時姿勢(所謂寝相)の
頭蓋顔面歯列咬合成長に及ぼす影響
A Consideration of the Influences of Sleeping Posture on Cranio-Facio-Dental Growth and Development
2011 vol.6
恒志会理事・愛知県日進市 aux 歯科クリニック 福岡 雅
1.はじめに
2010年10月10日(日)第3回創健フォーラム「口呼吸を考える」において、現代人の陥り易い口呼吸が実は多くの重大な疾患のもとであり、口腔領域だけでなく全身に様々な悪影響を及ぼすことが 四人の演者の先生それぞれのご専門の立場からの深い考察・洞察のもとに語られ、私は興味深く拝聴させて頂きました。Joseph Da Cruz先生の特別寄稿論文と共に『恒志会会報(vol. 5)』に記載されている各先生の論文は「口呼吸」に関する認識を深めずにはおきません。
無学な私がこれに書き足すことなど殆どありませんが、一つ思い浮ぶ事があるとすれば人が口呼吸に陥り易い原因の一つは言語という人類固有の特性を獲得したことでしょう。「言語」を狭く捉 えるなら「音声」であり、広く捉えるなら「文化」であると言って宜しかろうと思います。それ故に口呼吸の病根は深いのだろうと愚考します。
2.「Trainerなるもの」との出会い
2001年の春、高校・大学と同期の木村鉃生先生 (名古屋市瑞穂区 桜山矯正歯科)にTrainerの存在をお教え頂きました。初めて実物を見た時「こんなもので不正咬合が治るのなら、君も弟(実弟とその配偶者も矯正歯科医)も苦労しない(=治 る訳がない)よね。」と思い、多分そのように言った筈です。木村先生は日本で最初にTrainerに着目された矯正歯科医で、何人もの患者さんでその効果を確認された上で小生に教えてくれていたのに随分失礼なことを言ってしまったと、この場を借りてお詫び申し上げます。
当初は恐れていた通り失敗の連続でしたが「人は失敗によってしか学ぶことはできない」という ギリシアの諺とW. A. Price先生の「不正咬合は 遺伝ではなく環境の産物で、正確には正常な遺伝が阻害された状態だ」という言葉を頼りに「やり方次第で無くせる筈だ」という信念のもと、木村先生はじめ木村先生にTrainerを教えて貰った仲間の歯科医師と症例を持ち寄って意見交換をする 中で、次第に成功事例が増えました。 第1号患者さんは2001年7月13日に出ました が、2011年7月11日現在で累計1,104名に達しました。現在では、Trainerを適切に使うことで歯 科矯正学の知識や技術に乏しくても子供の不正咬合の殆どに効果的に対処できるようになったと考えています。
3.Trainerとその歴史
TrainerはAustraliaの 歯科医師Chris Farrell 先生が考案 し たOral Myofunctional Therapyの 一装置です。1989年のMyofunctional Research Company設立と同時に開発されたのはTMJ Trainerで、Temporomandibular Joint 即ち顎関節症の治療装置が最初だったようです。
Farrell 先生が「TMJはTooth、Muscle、Jawをも意味する」と言われるように、個々の歯を動かすという発想ではなく、全体を一つとして改善するという意味合いを含んでいるようです。 歯を動かす、即ち矯正装置としてのTrainer の 原 型をなすT4K(pre-orthodontic Trainer for Kids)の開発は1992年で、日本での発売開始は 2000年頃と思われます。T4Kのsoft typeはシリコン製、hard typeはウレタン製です。
当初はこれらをそれぞれStarting Trainer、Finishing Trainerと呼んでいましたが、その後T4Kを基に何種類もの装置が開発されてthe Trainer System と呼ばれるようになると、この呼称はあまり使わ れなくなりました。
個人的見解ですが、症例によって様々な Trainerを使い分けるよりも、とりわけ初心者の内 はT4Kのsoft type(Starting Trainer) 使いこなすことに専念(ある意味で制限)した方が良いと私は思っています。
その理由は三つあり、第一に大半は小学生である患者さんにとって、一先ず一番導入が楽なT4Kから入って次はどれにするかを共に考える方が無理はなく、第二に医療従事者として、一つの事に集中した方が理解は深まりその後の伸びが期待できると考えられ、第三に事業者として、在庫が減らせて管理が楽だからです。
一般の歯科矯正では、例えば所謂出っ歯の人に「上顎前方牽引装置」「チン・キャップ」「3級ゴム」 をしたらとんでもない事態になる(ますます悪化 する)ことは必至ですが、Trainerでは入れ易い /難いの差はあっても、兎に角装置がお口に入れば装置や不正咬合の種類を問わず後は似たように治って行くのです。
4.Trainerの意味と効果
TrainerのTrainとは「訓練する」という意味ですが、それでは何をTrainingするのでしょう? Farrell先生やMRC社公認講師John Flutter先生の 講演から学んだところによると、不正咬合者の多くには口呼吸と異常嚥下があり、これを正常な呼吸や嚥下へ治すためのTrainingをするものだという事です。 口呼吸という言葉を始めて歯科学生が耳にするのは歯科矯正学の講義で「Angleの不正咬合の分類 2級1類」という術語と共にでしょう。
Angle の分類は上顎第一大臼歯に対する下顎第一大臼歯の近遠心(前後)的位置関係によって分類したものですが、2級だけ別の分類原則を持ち出して細分化したという事は、これが高い頻度で起こる典型的な上顎前突症でそれだけ目立っていたということでしょう 。 これ を 「( 異 常 ) 機能に目を向けた 」 と評価する人もいるようですが、分類(学)では分類原則の 簡潔性と一貫性が重要で、都合のいいところだけ別の基準を持ち出すのは、ある種のdouble standard (doppelte Moral)だと言われても仕方がないと個人的には考えています。
口呼吸という視点から見ると「2級1類←口呼吸」は良いとしても「口呼吸→2級1類」とは限らない、即ち口呼吸が原因の一つとなって発現する1級や3級の不正咬合も存在する事が問題です。この意味するところは、「口呼吸の程度や 唇の力関係・昼夜の行いによって、さらにはそれぞれの歯牙の歯冠部から根尖部までの形態や元々の位置関係によって、不正咬合の表現としてその多くは上顎前突になるが、その他の不正咬合になることも実は少なくなく、その病態は様々だ」という事です。
一口に口呼吸といっても、常時口呼吸で鼻はお飾りという人もいれば、基本的に鼻呼吸してはいるものの口唇閉鎖が緩くてややもすると口呼吸になり易いというレベルまで様々です。また、口呼吸に関係ない2級は2級2類と細分されますが、口呼吸のある/なしは必ずしも明確には分らない事も多く、実際は程度差の問題だったり、嘗ては口呼吸だったが今は鼻呼吸という事例もあり、1類と2類の判別・ 区別は案外難しい事が多いと感じます。 その区分は明白に線が引けるというよりも寧ろ濃淡・移行・段階(gradation)的なもので、化学で言うイオン化傾向のようなものだと感じています。誤植かもしれませんが「口呼吸による2級2 類」などと記載されている文書さえあります。
5.Trainerによる機能改善
患者さんがTrainerをお口に正しく入れると、 その瞬間に口呼吸はできなくなり、呼吸をしたければ或いは窒息死したくなければ、いやでも鼻でするしかなくなります。つまり、Trainerは強制 的に口呼吸をやめさせて鼻呼吸を強要する装置と言えるのです。 Trainerが目出度くお口に入って1分ほどで問題 になるのは「唾が溜まって飲み込めない」という事ですが、これは今まで正常な嚥下が出来ていなかったという証拠です。この時に重要なのが舌の位置で、舌尖(舌の先)がtongue tagに当たっていて、その状態で唇を力まないで唾を飲み込むように訓練します。tongue tagの位置は装置を外した場合切歯乳頭(上の中切歯の後ろ側の膨らみ) に相当し、舌尖は普段からここにあてておくのが正しいとされています。舌尖の位置を体得出来たら、Trainerなしでお口を開いたまま舌の動きだけで水なりお茶なりを飲み込むように家で練習してもらいます。 舌は下にあっても上に付いている(舌体は下顎 に付着していても、舌尖は切歯乳頭に、舌背は口蓋に接触している)ものだということを認識して頂き、鼻呼吸と正常な嚥下に導く事がその後の口腔領域の健全な発育だけでなく、術後の歯列咬合長期安定にとっても重要です。いずれはTrainer なしの生活の戻るのですから。
6.歯牙移動様式~伝統的歯科矯正
歯科医院を訪れる不正咬合の患者さんは「口呼吸」「異常嚥下」を主訴として来院されることは稀で、歯並びの不都合を主訴に来られる筈です。これに対する治療が歯科矯正といわれるものですが、歯を動かす力を矯正力(orthodontic force) といい、それによる歯の動かし方(移動様式)には6つあるとされています。現代使われている教科書によれば、傾斜移動・歯体移動・挺出・圧下・ 回転・トルクとあり、これは私が学生の時に習った通りで、装丁は今様ですが中身は30年前と同じです(恐らく100年前とも大差ないでしょう)。
重要なことは、これらの6つの歯牙移動様式は全て骨に対して歯を動かす「骨内移動」ということで共通であり、挺出以外の5つには破骨細胞(osteoclast) 出現 = 歯槽骨吸収(alveolar bone absorption)が発現し、程度の差こそあれ破歯細胞(odontoclast)出現=歯根吸収(tooth root absorption)が大半の症例で起こるという事です。骨吸収してもそれに見合った骨芽細胞(osteoblast)で出てくれれば骨吸収は少なく抑えられますが、そうは問屋が降ろさない事が少なくなく、骨吸収が酷い場合は歯肉退縮(gingival recession)を惹き起こして見た目も悪くなりま す。
一方、歯根吸収に対してそれを保障・補償するような造歯細胞(odontoblast)は出現してくれません。これは長期的に見た場合、殆どの患者さんが中高年になって歯周病を患うことになる以上、極めて不利な条件を若いうちに作るということです。唯一骨・歯根吸収の無い「挺出」も歯冠 /歯根長比を悪化させるので、やはり不利になります。頻繁に行われる第一小臼歯等の抜歯は、ゼロ(無歯顎=総入れ歯)への余りにも大きい確実な第一歩です。第一小臼歯(4番歯)は不正咬合の犯人ではなく部外者乃至寧ろ被害者です。咬合平面に対して歯軸が唯一垂直に生え、中切歯(1 番歯)から第2大臼歯(7番歯)までの中心にある4番歯を抜くことは、咬合の不安定化のみに貢献することになります。ただ、患者さんが高齢になる頃には先生は引退か他界されているので、その責任を問われることがないのは抜歯矯正をする歯科医師にとっては救いです。が、救われないのは患者さんです。これは肝に銘じておくべきです。
7.Trainerによる歯牙移動様式とその圧倒的利点
これに対してTrainerによる歯牙移動は「骨ごと移動」と表現するのが妥当で、Trainerを装着することで弱いながらも矯正力が骨と歯にほぼ均 等にかかり、骨が動いて歯も動くのです。歯は骨に対してあまり動きません。歯が速く動く割には痛みが少なく、殆どグラグラせず生理的動揺程度と言って良いでしょう。殆どの不正咬合では骨や 歯は自分勝手に異常な位置に移動しているのではなく、筋力や後述する外力によって「骨ごと移動」しているので、「骨ごと移動」には「骨ごと移動」 で対応するのが実は最も合理的です。
食事中は当然 Trainer を外すので食事制限は一 切なく、これは正常な成長にとって重要です。移動した歯牙は正常化した機能に支えられ、従来の矯正治療後には避けがたいほどに必発する「所謂」後戻り(‘so-called’relapse) の心 配は少なく、従って保定(retention)も固定(fixation)も必要なく、心配ならそのまま Trainer を使い続ければよいのです。
歯牙と同じく骨は硬組織ですが、生体の生きている骨の組成は無機質65%・有機質25%・水10% 程度で、とりわけ海綿骨は構造的にも意外と柔らかいものです。骨の中にある歯に矯正力を加えて骨を溶かしながら骨の中で歯を動かすのではな く、骨を動かせば結果的に自ずと歯は動くのです。 単純な構造のTrainerは治療中の口腔衛生を悪化せず、患者さん自身が取り外せるので歯磨きが治療前同様容易で、事実殆どのお子様はDMF= 0で育ちます。metal free以上にdental material freeなので健康にも害がなく、勿論(第一)小臼歯非抜歯。28本未満にする抜歯は考えられません。知られたくない他人には誰にも知られずに済みますので、口腔衛生だけでなく精神衛生にもプラスに作用します。既製装置なので装置を作る手間暇が要らず低経費化を実現し、歯科医師さえその気なら自費診療でも医療を相当安くに提供できます。不透明で不景気な昨今の時代に健全な家庭 経済にも資するところ所大なのです。
「文句あっか!」と叫びたくもなります。
8.鼻呼吸の意義
Trainerを使うことになる人は口呼吸や口唇閉鎖の緩い場合が多く、少なからぬ割合で気管支炎、喘息、副鼻腔炎、アレルギー、アトピーを患われています。その一方でTrainer治療を始めると「毎年冬になると風邪だのインフルエンザだのと学校を休んでばかりいたこの子が、今年は風邪一つひきませんでした。」ということを言われるお母さんが毎年必ず出てきます。これが同じ呼吸は呼吸でも口呼吸と鼻呼吸の差で、鼻呼吸の価値(勝ち) だと思われます。
医学書には鼻呼吸の意義は吸気の「浄化、加温、加湿」だとされていますが、それだけではないように思えます。鼻といえば鼻血を連想し、突然真っ赤な血が出て驚いた経験は誰にもあるでしょう。粘膜からの出血は鼻出血の他に歯肉出血や肛門出血など外界近くの部位からの頻度が高いと思われますが、「鼻血」という言葉が独立して存在するほど鼻血には多くの人に馴染みがある(familiar)という事です。これは鼻粘膜が毛細血管に極めて富むためで、毛細血管が豊富という事は、血液が豊富に環流しているという事です。単なるフィルター機能なら入り組んだ構造と繊毛上皮と粘液分泌だけでも間に合う筈です。
我流の推察ですが、入り込んできた病原体を粘膜に吸着させ、単に洗い流すだけでなくそこで免疫応答して生体を防御しているのでしょう。正常に機能している内は何の問題もないですが、何らかの異常で機能低下が限度を超えると、堀田修先生の仰せられる慢性上咽頭炎や形浦昭克先生の仰せられる扁桃病巣感染症のような事態に陥り、全身に害を及ぼす病巣になり得るのだと考えられます。
これはW. A. Price“Dental Infections”(1923)に書かれている考え方です。 Priceはthe Charles Darwin of Nutritionと呼ばれ ますが、the Galileo Galilei of Dental Science とも言えるでしょう。 毎年冬になると決まって新型インフルエンザの蔓延や休園休校がニュースになり、それに対して言われるのは一に「手洗い、マスク、うがい」、 二にワクチン、三にタミフルです。極めて感覚的な認識ですが、鼻呼吸こそが呼吸器はじめ各種疾患を未然に防き、発症しても軽度に終わらせる天然のワクチンシステムで、生体の免疫活性の不可欠な要素ではないかと考えています。口呼吸では生体に備わる免疫機構が十分に機能せず、疾患が重症化するという帰結になると思います。毎年毎年誕生する新型ウイルスに対して新型ワクチンを打つ前にやるべきことはあるのです。
9.副鼻腔の機能とは
鼻腔は上顎骨・前頭骨・篩骨・蝶形骨の4種類の骨に囲まれ、それぞれの骨にはその骨の名を冠した空洞(上顎洞、前頭洞、篩骨洞もしくは篩骨蜂巣、蝶形骨洞)があってそれぞれ鼻腔と交通しています。この4つの空洞は副鼻腔と総称されますが、副鼻腔の機能は1頭蓋骨の重量軽減、2声の共鳴腔だと学生時代に習い、今の教科書にもそのように書かれています。これも少なくとも30年前と同じという事です。ところが、Cruz先生は「鼻呼吸では副鼻腔で一酸化窒素が生成されて肺に吸入される。一酸化窒素は肺に対して血管拡張効果があって細菌繁殖を抑制し、一酸化窒素はガス交換の10%を担って血中酸素を18%増加させる。その上、抗炎症作用もある」と説明されています。
これで副鼻腔の新たな、というよりは本質的な意義が分ったような気がします。恐らくこの説明は解剖学でも生理学でも習っていないと思います。呼吸は酸素を入れて二酸化炭素を出すというイメージですが、大気中の酸素の割合は約21%です。これに対して窒素は78%もあるのにその役割は何もないかのように習っていた筈ですが、やはり意味はあるのです。Cruz先生はさらに「特に蝶形骨洞では小果体が冷やされる。」と仰っていますが、印刷技術の進歩で図版が非常に見やすくなっている現行の教 科書を紐解くと、文章としては書かれていないけれども描かれている絵により副鼻腔の役割が読み取れます。頭部を球体と見做した場合、副鼻腔は赤道より南(下)=南半球に位置し、前頭部から下方に向かって脳に貼りつくように分布しています。脳は大量にカロリーを消費し、それ故に熱の貯まり易い臓器です。北半球は自然放冷が可能ですが、南半球はそれをあまり期待できません。この南北格差をなくすため、つまり脳を冷却するために副鼻腔があるのでしょう。 単に骨重量軽減のためだけなら、副鼻腔ではなくて巨大な一つの鼻腔の方が脳冷却の点からも効率的ですが、そうなっていないのには恐らく次の二点のためでしょう。
鼻腔は外気を取り込む最初の通過点で、細菌や塵などの有害物質で汚染され易い部位です。鼻腔内に狭い副鼻腔開口部を作ることで汚染→感染のリスクを軽減し、自らの感染を防いで脳を守ること、これが第一点です。第二点は、脳冷却とはいっても外気は温度も湿度も様々で、生体の恒常性の観点からも脳に当たる空気の状態の大きな変化は好ましくなく、ワンクッションおいて制御された状態で脳を冷却しているのでしょう。体表ではこの役割は頭髪が担っていると考えられます。頭髪は副鼻腔の無いところにあるからです。 興奮することを「頭に血が上る」、冷静になることを「頭を冷やす」と昔から言い、落ち着かせるための手段として深呼吸させたり十をゆっくり数えさせたりさせますが、どれも意味ある事です。鼻呼吸によってのみ副鼻腔の機能は発揮され、口呼吸では全く機能しません。「蓄膿の時に膿が溜まるその空洞」という不本意で不名誉な位置付けになってしまいます。 口呼吸は見た目にも ugly で unattractiveです。「口ポカン 馬鹿に見えるし馬鹿になる。」と祖母に叱られたことを思い出します。
10.寝相
口呼吸と並んで、或いはそれ以上に重大な不正咬合の原因として、寝相(sleeping posture)の悪さが挙げられます。正常な鼻呼吸をする人でも寝相の悪い人はありますが、口呼吸の主な要因として鼻閉(鼻詰り)の存在があり、このために寝相が悪くなり勝ちだということは言えると思います。鼻が詰った時横を向くと上になった鼻腔が通って何とか鼻呼吸を続けることができます。口呼吸の有無に拘らず寝相が悪いとTrainerをやってもある所から先は治らず、伝統的矯正歯科治療 をしても治療終了直後から後戻りが始まります。 口腔外の原因がそのまま残っているからです。
「悪い寝相」とは何かという問いかけに対しては「良い寝相」とは何かを明確にしておかなければなりません。一般的に良い寝相とは、仰向けに静かに寝ていることだと思われ、事実綺麗な歯並びの人は寝相が良いものです。逆に歯並びを診れば凡その寝相を推定できます。しかしながら、寝相についても諸子百家が色々な立場で色々なことを言われており、「唐土我朝に諸々の智者達の沙汰し申さるる・・・」(浄土宗開祖法然上人『一枚起請文』)といった状況で、調べる程に迷いが増幅されます。どれも一理あるからです。 顔面や歯列咬合の正常で美しいと思われる成長発育のためにも仰向けに眠るのが最良ですが、睡眠中には何度も寝返りを打ち動き回るのが普通です。 これは睡眠中の血液循環を円滑にする目的があるのです。大人より子供が、同じ人でも冬場よりは夏場に多く動くのは、発生した熱や水分(汗)を逃がすためです。同じ姿勢を続けていると体液も熱も下に溜まって寝苦しくなるのはそのためです。時でも何処でも仰向けに寝られる人はそれで構いませんが、それが出来ない多くの人への現実的な対応として、基本的に上を向いて眠るように指導し、横を向いた時に枕が上顎歯列より下には当たらない、即ち頬骨弓までにしておくような寝方を実習して頂き、頭蓋や体の重量が直接歯列には加わらないように家で工夫して貰います。
知っても実行できないかもしれませんが、知らないでいては原因除去をできません。寝相は場所的にも通常治療の対象になりえず、指導が限度です。難治性の不正咬合の原因を知った患者さん本人が自宅で改善を実行するしか治しようがありません。そのためにも鼻呼吸で上を向いて眠ることはプラスです。
11.最後に
纏まりのない文章になりましたが、我が家では、今私と妻はTrainerをして寝ています。
その結果、自分自身は眠りが深くなり、就寝中トイレに立つことは殆どなくなりました。
妻は鼾(いびき)が結構煩かったのですが、Trainerをしてからはすやすや眠っています。程度にもよると思いますが軽症なものなら、呼吸のもう一つの問題である鼾や睡眠時無呼吸症候群の防止や軽減にもTrainerは役立つでしょう。最後に、妻は「法令線が目立たなくなった」と喜んでいます。
100歳の人生を見据えた歯・口と脳づくりのための手入れ
「呼吸と咀嚼が正しく行われるならば百歳まで生きられる」
黄帝内経より(現存する中国最古の医学書)
口腔生体医学研究所 荒井 正明
はじめに
「医者の考える人間像はすべて病人から導き出 している」・・・アレクシス・カレル・・・医療は病気を扱うこと、医師が健康な人を扱わないことの不思議さそして“いつまでも自分の歯で食べたい”という患者さんの願いと二律背反の様相の歯科医療、歯科医術の進歩、2007年に超高齢社会を迎えこれまで経験したことのない長い老後を出来るだけ健康に過ごしたいと切望する方に対する対応法・・・等々
現在の歯科医療が抱える「限界」についてその意味を汲み取り、ベクトルを変えることで21世紀に見合う歯科医師としての生き方、歯科医療の提供が出来ないものか、そして口腔及び口腔周囲に限定した範囲だけではなく患者さん本来の健康にアプローチする方法はないかと考えました。
100歳の人生を見据えた歯・口と脳づくりのための手入れ健康脳づくりをするために必要なものは何か、歯・口の手入れを脳の栄養と呼吸、咀嚼との関連性を見ながら検討していきます。
脳の栄養
1 酸素 2 グルコース(糖) 3 情報(経験) この3つが大切になります。
酸素とグルコースは、血管によって運ばれ情報 は血管を介さず細胞にたどり着きます。細胞をたどる情報というのは、ネットワークす なわち線維です。(株)脳の学校代表 加藤俊徳先生(医師・医学博士)によると「酸素が結合した赤血球が血管の中を運ばれそして毛細血管で赤血球が酸素を離して脳細胞に飲み込まれていくので酸素が脳細胞の栄養になる」ということです。 また、グルコースは血漿(プラズマ)の中に溶けて運ばれ脳細胞に取り込まれます。外界から脳が受ける情報は、色々な感覚受容器の細胞が情報を得て、線維連絡によって皮質の神経細胞側に伝えられると言われています。情報がやり取りされると、エネルギーが使われ、酸素や グルコースが必要になります。
呼吸と脳
呼吸で空気中の酸素を取り入れます。脳にとって酸素は脳神経細胞、そして何より脳神経線維に大きな影響を与えます。線維とはつまり、脳のネットワークのです。このことに脳を育てるヒントがあります。「頭は使えば使うほどよくなる」と言われていますが言葉を変えると、「酸素を使えば使うほど頭が良くなる」という事になります。酸素を使うとなぜ 脳が育つか、育てて行くかというと、筋肉(特に加圧トレーニング)と同じで多少の低酸素状態(毛細血管からの酸素の取り込み)の時、脳の働きがいわゆる“活性化”した状態になります。この毛細血管から酸素の取り込んだ状態になると脳のネットワークが構築されるので「頭が良くなる」のです。 (脳の酸素の働きを計る技術として、脳機能イメージング法COEがあります) では、正しい呼吸そして情報(環境)づくりを考えて行くとやはり口呼吸より鼻呼吸そしてその 環境づくりの1つの方法が口の体操「あいうべ」(今井一彰先生考案)となるのではないかと思います。実際に口の体操「あいうべ」を脳機能イメージング法COEで計測したところ、呼吸に関係する脳部位に対して、脳のマッサージ(脳血流の上昇と低下、酸素消費)をするような効果が認められました。(資料3)
咀嚼と脳
食事をしてグルコース(糖)を口から取り入れます。グルコースは脳神経細胞にとって大切です。もし低血糖になった場合、一言でいうとこの神経細胞を壊してしまうからです。これは非常に怖いことです。ここで脳と体の各部の関連をペンフィールドの脳地図(参考資料1・2)から見ていくと、口と手の領域が大きく特に口の領域の咀嚼、唾液分泌、嚥下などは内部に広がり、なおかつ、長さも脳の 表面のラインの3分の1を占めるほど長いことが分かります。そして、咀嚼、唾液分泌、嚥下など の部分が脳の内部にあり外部から障害を受けづらい所に位置することは口が生命維持に大切な部分であるためではないかと推察されます。また、口の領域においては運動野のほうが体性感覚野よりはるかに大きいことも注目されることです。ここで体性感覚野のほうが小さく運動野が大きいことから考えると、きちんとした訓練をし 学習を続けて行かないと、この部分の機能は衰える可能性が予測されます。つまり咀嚼は学習によって学ぶものそして良い情報(経験)を反復することが大切になります。「歯・口は生命維持のために重要な臓器」であり、歯・口が感じる刺激は「脳を鍛え育てる」ことにつながるという、新しい視点が示されたように思われるのです。「口や歯に良い刺激を与えれば、口腔内の環境を整えれば、脳の広い範囲に良い環境を構築できる」この様に理解できると思います。
正しい咀嚼(正しい噛み方、噛み合わせ)
「咀嚼とは、摂取した食物を歯で咬み、粉砕すること、噛むなどと表現される」とあるが、よく「一口30回噛みましょう」と言われています。しかしこれは良く噛むということの量的な要素に過ぎないのではないでしょうか? よく噛む(正しい噛み方)ということを質的な要素から考えてみると、
1.感謝(徳育)の気持ちを持って噛む 2.よい歯で噛む 3.正しい噛み合せで噛む 4.正しい姿勢で噛む 5.左右で平等あるいは交互に噛む 6.味わって楽しく噛む 7.自然に食道に流れ込むまで噛む (「食と教育」船越正也 著 より)
以上の7カ条が大切であり、また船越先生は「この正しい噛み方を実践できるように口腔周囲及び全身の環境を整備及び指導することが歯科医師の役目であろう」と述べています。 以上の事から、30回噛む前に前準備として正しい噛み合せ(咀嚼)、バランスのとれた体、正しい姿勢ということが大切ではないかと思います。また、最近では「咀嚼」の乱れから、体のバランスを損ない、その影響により全身の健康に問題を起し、ひいては寿命を縮めるという様なことも認識されつつあります。このことについては、体を支えているのは、頸部から腰部の体幹ですが、バランスを保つ上で重要なのは下顎です。下顎は体に対して振り子のような役割を果たしているので、体のバランスが乱れると影響を受け、 これを補正する方向に動きます。このことにより、 下顎周囲の筋肉や顎関節、そして口や歯など他の器官も影響も受けてしまいます。<参考資料4> このような状況になってしまうと、いわゆる「咀嚼」を正しく行うことが難しくなってしまいます。このように顎と咀嚼は切っても切れない関係にあり、前述のペンフィールドの脳地図から推察されるように体の各部分(特に口、手、足)を使い訓練し学習し続けることが「正しい咀嚼(正しい噛み合せ)」そして「脳づくり(脳の手入れ)」になると考えます。
ではどうしたら良いのでしょうか? ここでは特別な器具や方法そして術者(他者) からのアプローチなどが必要なく自分自身(自力) による方法、特に歯・口、手、足を利用した事柄を取り上げたいと思います。
1.腹式呼吸 2.口の体操「あいうべ」 3.足握手 4.手首振り 5.足首回し 6.舌回し 7.ガム咀嚼トレーニング 8.ブラッシング 9.食事の仕方 <参考資料5>
これらいづれのエクササイズも脳機能イメージ ング法COEで計測したところ脳に対しての作用が認められています。
まとめ
これまで述べさせていただいた内容は主に私自身が開業医として臨床を通し疑問に感じていた諸問題を方向性(ベクトル)を変えることで解決できないかと考えたことを(株)脳の学校代表 加藤俊徳先生(医師・医学博士)の御協力・御指導を頂いて研究した内容です。
なにぶん私一個人の研究ですのでデータとしては数が僅かで課題も残されておりますが、咀嚼と呼吸の機能向上そして脳を含めた全身へのアプローチが歯科からできる可能性があるのではないかと感じております。最後に、私がこの様な歯科治療の役割を模索して いくキッカケになった言葉(本の一節)を紹介させて頂きます。
「歯科の治療は、2本の脚起立して社会的・経済的・精神的に生活しているヒトの頭蓋―下顎― 頸・肩(腕)の生理的・機能的な維持を図ることを目的としているのではないか」(「君たち、なぜ歯科医になったの?」加藤元彦 著 ヒョーロン 刊)
口呼吸と病巣感染(炎症)
堀田修クリニック・IgA 腎症根治治療ネットワーク代表 堀田 修
歯科医師を中心とした地道な啓蒙活動等により、口呼吸が健康に悪いということが近年、国民の間に少しずつではあるが浸透してきている。
鼻腔から入った空気の通り道である鼻腔には鼻毛と繊毛上皮に覆われ、鼻腔に続く上咽頭の表面は繊毛上皮に覆われて浄化機能を備えているのに対し、口から入った空気の通り道である口腔とそれ に続く中咽頭は重層扁平上皮に覆われ、空気の浄化機能が欠落している。したがって、鼻から入った空気に比べ、口から入った空気は扁桃などの二次性リンパ器官をはじめ、口腔と咽頭内に存在す る様々な細胞に直接的な影響を及ぼしやすいことは容易に想定される。
口呼吸の習慣を是正して、しっかりとした鼻呼吸の習慣を身につけることは、特定の疾病に対する治療という枠を超え、人が心身共に健康な生活 を送るために極めて重要で、医学界が真摯に取り組むに値する壮大なテーマである。しかしながら、 医学部、歯学部の学生教育のなかで口呼吸・鼻呼吸に関する講義はなく、日本のみならず世界中を見渡しても口呼吸の問題を取り上げる学会すら存在しない。
今後、学会あるいは研究会として口呼吸に取り組むためには以下の4つの課題を克服していく必要がある。
①口呼吸の定義と診断基準の作成 ②口呼吸の習慣が形成される原因と過程の解明
③口呼吸が身体に及ぼす弊害とその機序の解明
④口呼吸の是正、治療法の確立
上記に関してはこれまでにも多くの著作が発刊されている。しかし、いずれも学術的な医学書ではなく、個人(多くは歯科医)により記載された一般書であり、秀逸な書物も少なくないが、一般 国民に向けた問題提起、あるいは啓蒙書の域を超えたとは言い難い。
専門性を追求する現代医学は診療科の数のみならず、近年では同一診療科内においても細分化と線引きを繰り返してきた。しかし、口呼吸の問題に関しては医科と歯科が線引きをしていたのでは上述した課題を克服することは到底できない。上記の12と4に関しては歯科医が中心的役割を果たすことになるが3に関しては影響が全身に及ぶため、医師の参画が不可欠である。
口呼吸が身体に及ぼす弊害の機序を解明するうえで、病巣感染(病巣炎症)の概念は重要である。病巣感染は「身体のどこかに限局した慢性炎症が あり、それ自体は殆ど無症状か軽微であるが、それが原因となって遠隔の諸臓器に反応性の器質的あるいは機能的障害を起こす病態、いわゆる二次疾患を引き起こす。」と定義されている。この概念が登場した20世紀初頭の頃は原病巣で繁殖した 細菌や細菌が作る毒素が血流に乗って遠隔臓器に辿り着き、直接二次疾患を引き起こすと考えられていたが、現在では原病巣と二次疾患の間は細菌や毒素が直接介在するのではなく、免疫機序が介在して遠隔臓器で炎症を引き起こすと考えられている。
したがって、原病巣の感染は必須ではなく、実際、慢性上咽頭炎で見られるように病原菌が必ずしも感染していない原病巣もあるため「病巣感 染」よりも「病巣炎症」の表現がより正確といえる。
病巣感染の概念を初めて提唱したビリングスは原 病巣の約2/3が扁桃(扁桃病巣感染)、約1/4が歯(歯 性病巣感染)で残りは胆嚢、消化管、性器等の感 染であると考えていたようである。筆者は病巣炎症が関与していると考えられる腎炎、膠原病などの治療経験より扁桃病巣感染と歯性病巣感染に加え、上気道において腔の表面にリンパ球が露出し、吸気を介して常に外的刺激に暴露される環境にある上咽頭腔も重要な病巣炎症の一つで扁桃病巣感染、歯性病巣感染、ならびに慢性上咽頭炎を3大 病巣感染(炎症)とみなしている1)。
中でも扁桃は歯と同じく口腔内に位置するため口呼吸の強い影響を受けると想定される。著者は 研修医の頃、都内の某小児知的障害者施設の高等部の生徒を対象とした健診の手伝いに行ったこと がある。その施設の子供たちの多くが口をポカーンとあけて生活する極端な口呼吸の習慣を持っていた。私は生徒全員の基本的な診察をしたわけであるが、口腔内を診てみると口をポカーンとあけ て、検診の順番を待っている子供たちは皆、扁桃が驚くほど著明に腫大していた。この事実に強い 印象を受けた私は健診先の施設から病院に戻り、上司に興奮して報告した。しかし、その時は残念 ながら聞き流されただけであった。
ところが、この経験が後に筆者が口呼吸と病巣感染の関係を考えるきっかけとなった。扁桃は上述した3大病巣感染(炎症)の中でこ れまで最も多くの研究が集積されている。扁桃病巣の関与が示唆されている疾患はIgA腎症、掌蹠膿疱症、胸肋鎖骨過形成症、乾癬、アレルギー性紫斑病、関節リウマチ、炎症性腸疾患など枚挙にいとまがない。しかし、扁桃を摘出した人にも上記の諸疾患は生じるし、扁摘が上記の疾患に必ずしも有効ではないことから扁桃病巣感染という考えに疑問を持つ医師は少なくない。上記の諸疾患の中で扁桃病巣感染の関与が強く疑われているのはIgA腎症、掌蹠膿疱症、胸肋鎖骨過形成症の3疾患である。特に後二者の合併頻 度は高く、胸肋鎖骨過形成症の約80%に掌蹠膿疱症が合併するとされている。両者はともに80%程度の症例で改善が認められるため扁桃との関連を強く疑う根拠になっている。
しかし、見方を変えて上述した諸疾患が扁桃病巣と関連しているのであるならば、二次疾患どうしの合併頻度が高くなってよさそうなものであるが、実際にはIgA腎症が掌蹠膿疱症や胸肋鎖骨過形成症の合併頻度が高いということはなく、扁桃病巣感染説に説得力が欠ける一因となっている。
では、仮にIgA腎症が扁桃病巣疾患であるとしたらなぜ掌蹠膿疱症や胸肋鎖骨過形成症との合併が少ないのであろうか?
IgA腎症の扁桃に陰窩に小さな膿栓を認めることは多いが、習慣性扁桃炎のように扁桃そのものが腫大していることは稀で、埋没型のことも多く、外見上は炎症が明らかでないことが多い。
しかしながら口蓋扁桃を摘出して詳細に検討すると同症に特有の所見が認められる。これまでIgA腎症の扁桃に関してはJ鎖mRNA陽性IgA産生B細胞の増加2)、IgA産生細胞/IgG産生細胞比の上昇 3)、IgA1陽性樹状細胞の存在4)、CD5陽性B細胞(B1 細胞)の増加5)、TCR Vbeta6発現の増大6)、等、様々な報告があるが疾患の特異度に関しては明らかではない。扁桃はB細胞から構成されるリンパ濾胞が豊富な臓器であるが、濾胞間はT細胞で占められている。習慣性扁桃炎の特徴はリンパ濾胞の腫大で、濾胞間領域の拡大はない。一方、掌蹠膿疱症の扁桃はT細胞領域である濾胞間領域の拡大が特徴でリンパ濾胞の腫大はない。そしてIgA腎症の扁桃は濾胞間領域の拡大に加え、リンパ濾胞の辺縁に位置する暗殻の偏在と拡大を伴うリンパ濾胞の大 小不同を認める7)。
すなわち、詳細に検討すると習慣性扁桃炎、掌蹠膿疱症の扁桃、IgA腎症の扁桃はそれぞれに様相が異なり、興味深いことに扁桃が二次疾患の設計図的役割を果たしている可能性が示唆される。つまり、扁桃病巣感染を例にとると原病巣側の「点」は一つで、扁桃病巣感染が関与すると考えられている二次疾患はIgA腎症、掌蹠膿疱症、胸肋鎖骨過形成症等と多様な「点」である。
二次疾患の多様性を規定するのは「点」(原病巣)と「点」 (二次疾患)を結ぶ「線」である免疫機序の多様性と考えられがちであるが、実は疾患発症メカニズムの最上流にある原病巣の「点」の段階で既に多様性が存在することを示している。
病巣感染という概念が一世を風靡した頃は免疫学が未熟で原病巣に感染した病原菌や細菌に由来する毒素が体内を循環して直接的に二次疾患を生じると考えていたので原病巣は二次疾患を引き起こす細菌の単なる貯蔵庫、すなわち攻撃対象となる標的臓器の遠隔にある武器庫のような存在として理解されていた。
しかし、実際には病巣感染(炎症)は二次疾患の発症にもっと複雑で積極的な役割(二次疾患の設計図)を果たしているものと考えられる。この最上流の原病巣という多様な「点」 がどのような機序により形成されるかに関して、現段階では全く不明であるが、それを解明することが病巣感染(炎症)という不可思議で壮大な概念に科学的根拠をもたらすことに繋がると期待される。
いまだ科学的根拠には乏しいものの、口呼吸が 3大病巣感染(炎症)の誘発、促進因子になっていることは容易に想定される。これまで医学界が正面から取り組んで来なかった口呼吸という切り口から、多様性を有する原病巣がどのようなプロセスで形成されるかを研究、考察することが医学の画期的な新展開につながるかも知れない(図1)。
口腔と触覚
元開 富士雄
横浜市・げんかい歯科医院開業・保育歯科医師はじめに
触覚は進化の面から見ると非常に古い感覚で、 生物にとっては危険を認知する重要な手段でした。敵に見つからないようどちらに進むか、食べられる物がどちらにあるのか、食べて安全な物なのか、いつも生存に関わる情報を伝える重要な感覚でした。それは、私たちヒトにとっても同様です。口腔と指先には、触覚のレセプターが集中し、まさに外界の情報をキャッチする総合メディアセ ンターの様相です。口のなかに外界の物質が直接取込まれることを考えれば、防御の意味からもそこに触れることだけで性状から重さや形や温度までを調べる機能を持った触覚は、まるで眼のように情報を集めて体内への侵入物の見張りをしているようです。
歯科の世界では、その治療から痛覚に対しての関心が深く、痛覚以外の感覚や触覚などに対しては興味が低いように思えます。少子高齢化のなかで口腔機能に対する重要性が問われ始めた今こそ、口のもつ触覚の世界を掘り下げることが歯科の分野を他の領域に結びつけその価値を広めることになるのではないでしょうか。
一般に感覚といえば、まず五感を思い浮かべます。視覚、聴覚、嗅覚、味覚など特殊な感覚器によって得られる感覚に特殊感覚器を
持たず全身に散在する感覚が加わり五感となります。こうした五感に対する考え方は、アリストテレスの時代からありました、アリストテレスは、視覚、聴覚、味覚、嗅覚につぐ5番目の感覚は皮膚にあるとし、それを「ハペー」と呼んでいました。ハペーは、haptic(触れる)の語源となり、そのころはアクティブタッチと同じ意味で使われていたようです。
19世紀になっても触覚はその原理や仕組みがよくわかっておらず定義も曖昧であったため、一般感覚や普通感覚と呼ばれていました。この一般感覚とは、外界の情報に対する感覚だけでなく、筋 肉や関節などの内部感覚、痛みや圧や温度さらには内臓感覚までも広くとらえていたようです。20 世紀の半ばからは、一般感覚は体性感覚と呼ばれるようになり、日本の生理学の教科書にも五感の 5番目の感覚として体性感覚が入れられるようになりました。体性感覚の定義は、身体表層や深部組織(筋肉や腱・靭帯)からの感覚で内臓感覚を含みませんでした。現在では、感覚は特殊感覚、 体性感覚、内臓感覚に分けられ、体性感覚は触覚や圧覚・痛覚・温冷覚などの皮膚外部の状況を知らせる皮膚感覚(表面感覚)と筋肉・靭帯などによる位置感覚や運動感覚など皮膚内部の状況を知らせる固有感覚(深部感覚)に分けられます。
こうして様々な感覚を眺めれば、感覚とは外界の状況を入力する感覚と自分のからだの中の状況を感じとる感覚により常に自分の状況をモニターする働きといえます。そして、五感はどちらかといえば外部の状況を把握するべき感覚なのかもしれません。ただし、触覚には痛覚に見られるように自分の内と外のどちらの状況もモニターしている存在といえます。
触覚の発達
超音波断層撮影の導入により胎児の運動に対する研究は急激に進歩しました。それはPrechtl による胎動研究によって、それまで原始反射一辺倒だった胎児運動の考え方は一変しました。 Prechtlによれば、「胎児期の発達は自発的な胎動と五感とりわけ触覚の出現によりなされる」と述べています。つまり、胎児は「動いて」「触って」を繰返すことで周囲の環境変化を捉え、その現象を運動に変化させることで発達すると考えられています。それにより、原始反射に対する概念が変わりはじめました。これまでは、ある刺激に対する決まった運動という考えだったことから、説明ができない複雑な原始反射も存在することが疑問視されていました。そこでTouwenは、原始反射 とは「自発運動の一部として存在するものが、ある種の刺激によりいつも引き出される引き出しのようなもの」と主張し自発運動と原始反射の関係をタンスとその引出しの関係に例えました。しかし、いまだに原始反射の意味やその発生メカニズ ムはほとんど解明されていません。 胎児期の胎動に最も影響を与えるのが五感の中で最も早くから出現する触覚ですが、胎動はそれよりも早く6~7週に始まります。つまり、自発的な運動が感覚の出現よりも早いことになります。Hookerによれば胎生7週で口腔周囲(口唇・ 鼻翼)に最も早く触覚が出現し、続いて10週で手掌、上肢、眼瞼、足蹠に触覚が出現すると同時に原始反射的な運動が現れます。そして、胎生15週には出生時にみられる15種類の運動はすべて獲得される事が分かっています。つまり、胎動は自発 運動として早くから出現し、その後は触覚刺激と自発運動の相互作用により形成され発達すると考えられます。こうしたことから、胎生期の半分以上の期間は触覚だけの感覚で発達が誘導され他の感覚の出現が遅れて出現すると考えられます。また、感覚系の発達順序は脊椎動物に共通であると考えられていて順に皮膚感覚・平衡感覚・嗅覚と味覚・聴覚・視覚と発達していき、出生前には視 覚を除くほとんどの感覚は、機能的に成熟した状態となります。
胎児期は口腔機能が開始される原点ともいえる原始反射が観察されます。Hand-Mouth Contact (H-M-Cは指と口の接触行動で指しゃぶりの原型といわれる)については、reflex chainつまり原始反射の連鎖ではないかといわれていましたが、Butterworthらが新生児の行動観察のなかで指を口に入れる前からすでに口を開けていることを発見し、明和も胎児で同様の観察をしたことから原始反射の連鎖説は否定されはじめています。 Rochatによれば、触覚が最も早く出現する口腔と次に早く出現する指先を会わせるのは、最も敏 感な部分同士を接触させて生じる「触る感覚と触 られる感覚」が同時に起こるダブルタッチングを利用した自己の身体認知のための行動ではないかと推察されています。
口腔咽頭感覚
口腔咽頭感覚は、口腔機能の獲得や発揮に重要な役割を果たします。個々の個体が示す環境との調和や適合の良さ、つまり正常な口腔機能の発達 パターンを獲得するのか、それとも機能的な問題をもつ発達パターンとなるかは口腔咽頭感覚によって決まるといってもよいでしょう。ここでいう口腔咽頭感覚とは、主に触覚のことです。触覚は、五感の中で最も早くから口唇に出現し、触覚が出現した部位には、指しゃぶりやキックなど原始反射様の胎動が出現することからも胎児の運動パターンは触覚からの刺激により形成されることがわかります。つまり、口腔咽頭感覚も口腔運動や機能発達のパターンの形成に大きく関わっていると考えられます。
一般に乳児は、口腔や咽頭部の感覚がきわめて敏感です。そのため、初めての授乳や離乳食はうまくいかないことが多く、なかなか嚥下してもらえませんがしだいに適応していきます。こうした口腔や咽頭の感覚の鋭敏度は、年齢や個人差が大きく、その感覚の度合いによって飲込む食塊の大きさや性質が決まります。神経質で口腔咽頭感覚の敏感な子は、適応が悪いため、その後の食行動や口腔清掃、口腔機能の獲得に大きな影響を与えることが多いようです。
こうした鋭敏な感覚の子に対しては、感作療法として脱感作を行うことが多いのですが、胎児がお腹のなかで自分の体や子宮壁を触ることで環境 からの情報を収集し動くことを考えれば、本来の触覚とは「触られる」感覚ではなく、「触る」という能動的な意味を持った感覚機能であることを忘れてはいけません。そのため、乳児にとって玩具舐めや指しゃぶりは触覚を活性化させる重要な 行為といえます。つまり、口腔咽頭感覚が鋭敏な子どもに行う脱感作やマッサージや機能訓練は、あくまで自分で自分の体を触ることができるよう にするためのものであることを認識してあたることが必要と思われます。最近、著者が行った調査では乳児の約半数が、1歳までになめまわしや玩具舐めをしないという結果を得ました。そのため、よだれかけの必要ない乳児が多く、こうした乳児が口腔機能の発達が遅れることを考えれば、その原因となる舐めさせるための対策を考えなければなりません。
Headの二元説「原始感覚と識別感覚」
口腔機能の発達に問題のある子どもの触覚を理解する上でHeadの二元説は役立ちます。皮膚感覚は、特殊な感覚受容器を持たずに身体の末梢に散在する無数の受容器から情報が伝わります。そしてこれらの感覚は触れた物に対して熱い・冷たい、サラサラ・ザラザラ、快か不快かなど様々な情報を知らせてくれます。こうした皮膚感覚は、大きく2つに分けられるようです。それは、「危険な物から逃れるか闘うか」と「気持よい物には近づき安心したい」という感覚です。こうした感覚は、生物が命を守る上で大変重要な感覚で、生 物進化の早い段階から備わっていることから「原始感覚」と呼ばれています。一方で探究心も持って意識的に対象の性質や性状を触れて確かめる感覚は、高等な生物に特有な感覚として存在し「識 別感覚」と呼ばれています。
この原始感覚と識別感覚の存在を最初に提唱したのは、英国の神経生理学者S.H.Headです。Headは、自らの皮膚神経を切断しその回復速度から早く回復した強い痛覚や温度覚や圧覚を原始感覚と呼び、後から遅れて回復した触刺激の強度や質の弁別や2点識別などのより洗練された感覚を識別感覚と呼びました。そして、Headは「原始感覚とは主に危険回避や生殖行動など生存に直接関わるような感覚であり、識別感覚とは環境を積極的に識別するために必要な感覚です。それぞれが異なる神経経路を持つだけでなく識別感覚が原始感覚を調整する相互関係をもつ」という仮説をたてました。この2つの感覚は、中枢神経系でも脊髄体性感覚伝導路の構成に関して脊髄視床路系が原始感覚、後索̶内側毛帯路が識別感覚として理解されるようになりましたが、すべての神経生理学的な現象と一致するわけではありません。 その後、原始感覚と識別感覚は広く用いられるようになり、感覚統合療法をはじめとして発達障害児のハビリテーションや多くの障害児を含めた小児の行動の理解に広く用いられています。
触覚の2つの伝導路
皮膚の受容器に入力された刺激は、電気的な刺激としていくつかの経路を通り大脳皮質の体性感覚野に伝えられます。触覚刺激の伝導路は大きく分けて3つの経路があり、そのうち意識される体性感覚の経路には2つあって感覚の内容によって経路が異なります。それ以外にも、意識できない経路もいくつか存在しそれぞれ重要な役割をしています。身体からの意識できる体性感覚の伝導路としては脊髄視床路と後索̶内側毛帯路の2つの経路があります。顔面や口腔からの感覚刺激は、 三叉神経によって伝えられますが基本的な仕組みは同じです。
まずは、粗い感覚を中心としたくすぐったさやかゆみ、痛み、温冷などの感覚は、脊髄視床路を通り伝達されます。この経路の神経繊維であるC 線維は、細いために伝導速度が遅くなります。末梢の感覚器̶神経から伝えられた信号は、脊髄と視床で2回ニューロンを切り換えて大脳の第二次体性感覚野を中心に伝達されます。 一方、識別的な触覚や圧迫、振動、運動覚などを伝達する神経繊維であるAβ線維は、太くまとまりを持っているために伝達速度が早くなります。脊髄視床路との大きな違いは、ニューロンの切換えが脊髄ではなく延髄に入ってからおこなわれることです。 その後、視床でニューロンを切り替えて主に大脳の第一次体性感覚野に刺激は伝達されます。
2つの伝導路の違いは、神経線維の太さもありますがニューロンを切り替える位置にあります。神経伝達は、神経線維を伝達中は安定していますが、シナプスでの切換え時に信号刺激が増幅や減弱したり他の神経線維の情報が錯綜したりすることで変化しやすくなります。その点で、なるべく中枢に近い上位でシナプスでの切換えをした方が安定したオリジナルに近い情報が伝達されることになります。そのため、内側毛帯路が識別系の感覚を扱うのに向いていることになります。反対に危険の存在を知らせ、危険の回避や闘争に向かわせる情報は、全身に防御態勢を準備させるには生に近いような情報は、脳に直接入るよりは少しマイルドに情報を修正した方が脳は解釈しやすくなるため、粗い情報や危険にかかわるような温冷刺激は、中枢から遠い脊髄でシナプスを一度切り替えることになります。実際に脊髄視床路は脳幹を通過する際に多くの分枝をだし、また脳幹網様体で脳の他の情報が入り抑制を受けているようです。
触覚防御と口腔
触覚には、外界の危険を回避したり対象物の有害性を確かめる原始感覚と物の形や大きさなどを確かめる識別感覚があり、それらは刺激を受け止める受容器の違いではなくそれらの情報を脳に伝える経路が違うということを述べました。これら二つの触覚は、バランスを保っている時は識別感覚が優位に働いているのですが、原始感覚が優位に働いた時に両者のバランスが崩れます。そうした状況では、刺激を識別しようとするよりもその刺激から逃れようとしたり刺激に対して攻撃したり、情緒的に不安定な反応を示すことになります。このような状況を「触覚防御」といいます。
触覚防御が出現すると、なんでもない触覚刺激に対して敏感に反応する行動が見られます。例えば、砂や泥遊びができない、芝生の上を裸足で歩けない、濡れたタイルの上に足を降ろせない、糊が指につくのを嫌がる、水しぶきがかかるのを嫌がるなど特徴的な反応が見られます。それは、触覚刺激に対してだけでなく他の感覚も同時に過敏な反応を示すために「まぶしい」「うるさい」「く さい」「まずい」「くすぐったい・痛い」という不満を訴えることが多いようです。また、触覚防御 を持つ子どもは、基本的に臆病で不安が強く愛着形成や新しい環境や人や遊びに馴化(適応)するまでに時間がかかります。普段はおとなしく問題なさそうですが、触覚防御が一旦現れると手がつけられないような怒り方や困った行動をするのも特徴的です。まさに、触覚防御は育てにくい子どもの特徴をすべて持っているといえます。
こうした触覚防御は、年齢が上がるに従って保育者や教育者からは問題行動としてみられることが多く、行動面で多動や注意散漫な態度も見られることから自閉症やADHDなどの発達障害と誤解されることが多いようです。そのため、こうした感覚入力の不安定さを早期に取り除くことは子どもの成長発達の面だけでなく、その子の将来にかかわるだけに大切のことになります。そうした点で歯科医の役割は大変重要であるといえます。 なぜなら、こうした触覚防御は口に関連して出現することが多いからです。例えば、オッパイをいつまでもほしがる、歯磨きが泣いて暴れてできない、離乳食への移行ができない、偏食が多い、舐めまわしがない、執拗な指しゃぶり、口の周りや口のなかに異物が入るのを嫌がる、言葉が不鮮明など口に関わる問題行動が多くみられことや歯科医院が五感に刺激的な場所であるとことから触覚防御の出現を見つけやすいといえます。また、触覚防御を持つ口は口腔機能を獲得することが遅れ、そのために摂食機能だけでなく呼吸や構音機能も低下することから顔面口腔の発達が影響され歯列や咬合の不正につながります。さらに、育てにくさは生活のリズムや規則性を乱しやすく食べる機会が増えるためムシ歯を発生しやすいようです。
これらの点を理解した上で、触覚防御を持つ子どもに対する口の周囲や口腔内の触刺激の脱感作は、非常に効果があります。スキンシップをするようにゆっくりと一定の圧を加えながらマッサージをすると触刺激に対する過敏さの低下だけでなく嫌悪感の減少や愛着の増加が示されるようです。さらに、授乳の終了や偏食の減少、歯磨きへの導入がしやすくなるだけでなく、オムツがとれたり、執拗な母親の追尾、癇癪が少なくなるなど育てにくさの問題が少なくなりムシ歯の予防にもつながります。
痛みと触覚防御
痛みも、触覚と同様に古くから人々の興味の対象でした。アリストテレスは、痛みを「情動」と見ていたようですし、デカルトは「感覚」ととらえていました。それは、痛みの原因や現れかたが非常に複雑で個体差も大きい現象であるために、 痛みのシステムをわかりにくくしていたと考えられます。また、痛みは、歯科治療の際には必ずついてくるため歯科医にとって最も関係が深い感覚 です。
痛点は、特定の受容器を持たず全身に分布する神経終末が密集する場です。それは、Aδ線維とC線維が複雑に絡まり末端を形成することから「自由神経終末」と呼びます。その、痛点は全身に200万~ 400万個散在し、強い機械的な刺激や温冷刺激、化学的刺激を受け取ると信号を発信させることになります。
痛みのメカニズムとしては、侵害刺激が入力されるとAδ線維自由終末への直接刺激と組織障害の2つが生じます。Aδ線維は、神経繊維が太く伝達速度が速いのが特徴で素早く痛みを脳に知らせます。これを、ファースト・ペインと呼び外側脊髄視床路(新脊髄視床路)を伝導します。信号は、脊髄後角に入りニューロンを変換した後、左右交叉をして脊髄腹則・副外側を上がり脳幹網様体から視床に入りニューロンを変換し大脳皮質の体性感覚野、島、頭頂連合野、前帯状回などに信号を送ります。ファースト・ペインは、Aδ線維 により鋭い痛みなどを早く伝えることで素早く逃避行動を起こさせる、いわば警告信号のような役割です。
一方、セカンド・ペインは、組織障害が生じた結果産生される発痛産生物質(プロスタグランジ ン、ヒスタミン、アセチルコリン、ブラジキニンなど)がC線維の自由神経終末を刺激して脊髄後角からニューロン変換し、左右交叉して脳幹網様体に入ったところでファースト・ペインのルートと分かれ旧脊髄視床路を伝わり視床でニューロン変換して脳に伝達されます。セカンド・ペインは、主に鈍い痛みを伝え伝達速度も遅く、活動の制限を起したり、痛みに対する感情を引き起こします。
このファースト・ペインとセカンド・ペインの関係は、触覚の原始感覚と深く関連しているように思えます。痛覚のAδ線維・C線維は、触覚と異なり両方とも脊髄視床路を伝達しますから、痛みはすべて原始感覚といえます。Aδ線維は、触覚のAβ線維に比べれば細く伝達速度は著しく落ちますが、C線維と比べると太さも伝達速度も著しく速いといえます。触覚の原始感覚はC線維により伝達しますから、セカンド・ペインこそが原始感覚の本体のように思えます。さらに、ファー スト・ペインとしてAδ線維により中枢系に伝達された痛みはそこで痛みの情報を分析した後、C 線維の入力を抑制させるために信号を下向させ脊髄後角においてT細胞を刺激しC線維が信号入力するゲートを閉鎖し痛みを脊髄に入りにくくするシステム(ゲートコントロール説)があるようです。これも、識別感覚が原始感覚を抑制するのと同じ仕組みのように思われます。
C線維は、痛みだけでなく痒みや温度などいくつもの感覚情報を伝えるポリモダールです。そのために、自律神経に連絡し交感神経を亢進させたり大脳辺縁系を通して情動と深く結びつくことで、痛覚により発汗や立毛、心拍増加そして感情を換気させる働きが強いのが特徴です。
また、遅速C線維は原始的な神経繊維であるため有毛部の皮膚にだけ存在し、触れた対象よりも接触した自分の皮膚の感覚に注意が向きます。これに対し無毛部は、触れた対象に対してその性状を探る働きを持ちます。こうしたことから、C線 維は触刺激や痛刺激により感情を喚起させる働きを持ちます。まさに、原始感覚が優位の子どもが触覚防御の時に見せる問題行動や感情の起伏の根源がここにあるように思われます。
ただし、C線維には周波数の高い刺激には反応せず、ゆっくり動くような刺激に対し反応するという特徴があるため、C線維が起しやすい感受の高まりや起伏や痛みによるパニックをブロックするには、怪我やぶつけた場所、さらには有毛部や背側をゆっくりと圧をかけながら撫でたりトントン(タッピング)することは有効です。大人でも、ぶつけると反射的にさすったり撫でるという行為をしますし、転んで泣く子どもに「痛いの痛いの 飛んでけー」というのは、まさにC線維の活性化を抑える手段といえます。口腔粘膜は有毛ではありませんが、口腔粘膜を触れることは非常に重要なことと思います。乳幼児の歯磨きの前にお母さんの指で優しく口のなかを触ることは口の機能だけでなく子どもの心を育てる上で重要と思われま す。
おわりに
触覚の発達の理解は、口腔機能の獲得をどのように誘導するかを考える上で非常に大切です。また、触覚は固有感覚と深くつながりながら、私たちの身体の筋バランスを拮抗的なシステムでフィードバック調整をして恒常性を保っています。歯科では、口腔の習癖や歯ぎしりのような行 為を悪く見る傾向があります。しかし、子育てや日常生活のなかで痛みを受けた時、私たちは知らないうちに「なでる・さする・軽く叩く(タッピ ング)」という行為をしながら身体と心を癒しているし、矯正治療を受けている患者は、知らず知らず自分の痛む歯を指で押したり軽い歯ぎしりをして癒しています。こうしたことから、強度の緊張やストレスを受けて激しいくいしばりが起った時、私たちは知らず知らず「グライディングやタッ ピング」をして歯を「なでたり、さすったり、軽く叩いたり」して癒しているように思えます。今後、このような触覚の神経生理を歯科臨床に活かす時がやってくるのではないでしょうか。
文献
1 岩村 吉晃:タッチ、医学書院、2001
2 山口 創:皮膚感覚の不思議、講談社、 2006
3 小西 行郎:今なぜ発達行動学なのか:診断と治療社、2013
4 J. ヴォークレール著、明和政子監訳:乳幼児の発達、新曜社、2012
5 S.E.Morris, 金子芳洋:摂食スキルの発達と障害、医歯薬出版、2009
6 佐藤 剛監修:感覚統合Q&A、協同医書出版社、1998
7 桑木共之他共訳:人体の構造と機能、丸善株式会社、2010
8 R.L.Drake,塩田浩平訳:グレイ解剖学、エルゼビア・ジャパン、2007
9 寺島俊雄:神経解剖学ノート、金芳堂、 2011 10)山口創:皮膚という脳、東京書籍、2010感覚の分類
触覚の発達
触覚の2つの伝導路
痛みの伝導路
痛みの分類
痛みのシステム
C 線維
Writer profiles
水野 均
長野県上田市 矯正歯科開業
略歴
1979年3月 神奈川歯科大学卒業
1979年4月 東京歯科大学歯科矯正学教室入学
1984年4月 長野県上田市にて水野矯正歯科医 院開設
1984年6月 口蓋裂育成更正医療機関指定医資 格取得
1990年7月 日本矯正歯科学会認定医資格取得
1999年6月 顎変形症指定機関資格取得
2006年11月 日本矯正歯科学会専門医資格取得 現在に至る。
研究論文
1)吉野成史、水野 均:鼻気道障害患者の 顎顔面形態に関する研究 第一報 閉鎖タ イプ別にみた骨格的特徴について、バイオ プログレッシブ・スタディークラブ会誌8: 15-34、1994.
2)水野 均、吉野成史:鼻気道障害患者の 顎顔面形態に関する研究 第二報 鼻気道 障害患者の口蓋扁桃・アデノイド・下鼻甲 介手術のアンケート調査、バイオプログ レッシブ・スタディークラブ会誌8:35-43、 1994.
3)吉野成史、水野 均:鼻咽腔と口腔-Airwayと矯正治療について、バイオプログ レッシブ・スタディークラブ会誌1:1-22、 1987.
今井 一彰
福岡市 みらいクリニック
略歴
鹿児島県生まれ。1995年山口大学医学部卒業。 同大救急医学講座入局。飯塚病院、山口大学 医学部付属病院総合診療部などを経て、“み” んなが“ラ”クになる“医”療(みラ医 医 療)を目指して2006年福岡市にみらいクリニッ クを開業。身体の使い方を治して、病気を治 すという考え方に基づいて、なるべく薬を使 わない医療を提供している。
主な著書
免疫を高めて病気を治す口の体操「あいうべ」(マキノビタミン文庫)
「足の指」まっすぐ健康法(KAWADE夢新書)
がん治療の革命的アプローチ 話題のバイオ ラバーを検証する(医学最先端シリーズ)
加圧トレーニングの理論と実践(KSスポーツ 医科学書 共著)等がある。
堀田 修
口腔生体医学研究所
1983年 防衛医科大卒業
同年 防衛医大附属病院第2内科
1989年~ 仙台社会保険病院腎センター
2006年4月~2008年12月 同腎センター長
2009年1月 IgA腎症根治治療ネットワーク代表現在、堀田修クリニック(宮城)、大久保病院(東京)、成田記念病院(愛知)で、 IgA腎症を中心とした腎疾患診療を行う
著書
慢性免疫病の根治治療に挑む(悠飛社、2007)
IgA腎症の病態と扁摘パルス療法(メディカル・サイエンス・インターナショナル.2008)
Recent Advance in IgA Nephropathy(分担執筆)(World Scientific Publishing 2009)―
元開富士雄
横浜市保育歯科医
1982年 日本大学歯学部卒、故深田英朗先生・故大竹邦明先生・山田博先生に師事
1990年 横浜市・げんかい歯科医院開設
子ども達の口の機能を育てる「口育」を目標にして川崎市・横浜市を中心に保育園や幼稚園の保育者と保護 者を対象に活動。NPO法人サークルi副代表として地域住民の口腔健康推進活動や東大・服部正平教授と日 本ヒト常在菌研究会を設立、乳幼児の口腔内常在菌菌の口腔内への定着機構をメタゲノム解析により研究。
福岡 雅
福岡市 みらいクリニック
1958年 岐阜県美濃加茂市太田町生まれ
1983年 愛知学院大学歯学部卒業
1983年 倉敷医療生活協同組合勤務
1986年 水晶会水谷歯科医院勤務
1992年 愛知県日進市栄地内にて開業、現在に至る
学会・研究会・所属団体など
1998年~ 2008年 日本ヘルスケア歯科研究会
2004年~ 日本成長学会
2005年~ NPO法人恒志会理事
2007年~ 歯科三田会
荒井 正明
口腔生体医学研究所
1984年 明海大学歯学部 卒業
1984年 明海大学歯科補綴学第一講座 専攻生
1985年 ロイヤル歯科医院勤務 1990年 同院継承
1993年 (医)社団 博明会 理事長
2008年 ロイヤル歯科医院 顧問
同年 トータルヘルスアドバイザーズ(株)顧問 口腔生体医学研究所ジョセフ・ダ・クルツ
Wholistic Dentistry
インドで生まれ、アフリカに住み、インドで学び、後にオーストラリアに移住。
1979年 インドのムンバイ大学でMDS取得。
オーストラリア/キャンベラで開業。
オーストラリア、インド、中国、米国、日本で講演。
現在、非侵襲的歯科治療に関与しており、機能不全治療法を用いた不正咬合、TMDおよび催眠障害呼吸の相互関係に焦点を当てています。
ジャンルごとに分類してあります
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